【連載・最終回】開拓者(フロンティア)たちの肖像〜 中野理惠 すきな映画を仕事にして 第61話 第62話

『ザ・フューチャー』チラシ

第62話 最終話 最近の配給作品のことなど

第61 話 より続く>

声の主が顔を見せてくれたのだが、見覚えがない。

「大学生の時に、友だちと一緒に『声なき叫び』(第7話 参照)の事務所を訪ねたんですよ」

確かに数人の慶大生が参宮橋の事務所に来たことは覚えていた。その時の学生が、と驚いたところ、彼女が『こつなぎ』弁護団の一人である竹澤哲夫弁護士のお嬢さんのえり子さんと知り、更に驚いた。

2015年1月に開始したこの連載も、今回が最終話となるので『こつなぎ 山を巡る百年物語』公開以降を、急ぎ足で振り返ろうと思う。

 

『ザ・フューチャー』と映画の営業を教わったことへの感謝

2011年のGW明けから暫く後だったとの記憶だが、同業他社のスタッフZさんが訪ねてきた。同年9月期限での解雇予告を受けたが映画の仕事を続けたい、との相談だった。親しい数社にあたったのだが、人員募集をしてなかったので、当時のパンドラには営業担当者がいないことに気付き、働いていただくことにした。Zさんは配給したい作品を自ら提案し、興行の成功を目指して努力する。公開後は動員結果の分析など、緻密で誠実な仕事ぶりで映画営業を一から教えていだいた、と深く感謝している。2013年1月公開の『ザ・フューチャー』(2012年製作/独米共同製作)はZさんの提案だった。監督のミランダ・ジュライ(※①)は類まれな才能の持ち主と思うので、大きくのびることだろう。


新しい才能

ミランダ・ジュライに続き、新しい女性の才能と出会う機会に恵まれた。トルコ系ドイツ人女性ヤセミン・サムデレリである。作品は、2013年11月にヒューマントラストシネマ有楽町で公開した『おじいちゃんの里帰り』(2011年製作/ドイツ)。紹介者は、当時、ドイツ文化センターの映画担当だった丹野美穂子さん。丹野さんとの付き合いも30年以上になっていただろうか。感謝の言葉もないほど、お世話になった。


ジプシー・フラメンコ

続々と女性の映画人が誕生しているのは嬉しい限りである。2013年の山形国際ドキュメンタリー映画祭のコンペティション部門に、『ジプシー・バルセロナ』(2012年製作/スペイン)の題名で出品された作品を見た方から、「日本で配給したいから、ぜひ一緒に」と声をかけていただいた。伝説のフラメンコダンサー、カルメン・アマジャの生誕100周年を記念して製作され、フラメンコが遺産としてどのように継承されているかを辿った内容である。この監督も女性、エヴァ・ヴィラであり、声をかけていただいた方も女性、飯田光代さん。ご自身もフラメンコを踊るという飯田さんの熱意は半端ではなかった。この映画のためにピカフィルムをスタートさせ、フラメンコ仲間の人々を巻き込み、宣伝やチケットを売るために、力を惜しまない。目的に向かって一心に努力する姿勢に学ぶものは多かった。夫の栄紀さんがそれを受け止め共に歩んでいる。それも素晴らしい。この作品は題名を『ジプシー・フラメンコ』として、2014年8月にユーロスペースで公開した。

http://webneo.org/wp-content/uploads/2017/12/55fe7d515add2b400587a6090bdcaefb-1.jpg『ジプシー・フラメンコ』チラシ

鉱毒悲歌

2015年5月だったと思うのだが、1本の作品と出会った。『鉱毒悲歌』である。製作開始は1983年で完成は40年後の2014年。渡良瀬川の有機水銀の有毒性を田中正造が告発したことで広く知られる、日本最初の公害事件<足尾銅山鉱毒事件>。現地の様子や、閉山後も続く珪肺病患者の闘い、朝鮮人強制連行、北海道への移住と苦闘など、知られていない多くの事実も含め、貴重な内容であった。中でも田中正造と行動を共にした島田さんの証言が残されていたのは驚きであり、宇都宮出身の作家、故立松和平さんが当初の製作スタッフの一人と知った。資金不足で中断していたのを、2000年代に入り完成に漕ぎつけた製作関係者の心意気には、頭が下がるばかりだ。

鉛害は終わっていない

発売元である歩行社(宇都宮)の小川さんに連絡を取り、製作に尽力した元国会議員の谷博之さんや、田中正造記念館の坂原辰男さんに登壇していただき、2015年12月11日に日比谷図書館内のコンベンションホールで、上映会とトークを開催した。その時だったかどうかの記憶は曖昧なのだが、現地では鉛害が今でも続いていると知った。『鉱毒悲歌』や『こつなぎ 山を巡る百年物語』は、授業で正課として高校生に見せてほしい思う。

『鉱毒悲歌』チラシ

31年目のパンドラ

さて、2017年12月現在、パンドラは31年目に入っている。来年公開作品の準備の中に、久しぶりに製作にも関わっている作品もある。2012年5月19日に東劇で公開した、『プッチーニに挑む 岡村喬生のオペラ人生』を共同製作したアムールさんと、来夏公開を目指して『陸軍前橋飛行場』の製作に取り掛かっているのだ。クラウド・ファンディングにも挑戦しようと、スタッフは追われるような日々を送っている。さて、来年は何が待っているのだろうか。

『プッチーニに挑む』チラシ

連載を終了するにあたり、声をかけていただき、的確な連載名を付けていただいたneoneo編集室の伏屋博雄さんやデザインを担当した佐藤寛朗さんを始め、パンドラのスタッフ、31年間でお世話になった多くの方々に心からお礼申し上げたい。これまでの仕事人生を顧みるいい機会となりました。そして、3年間読んでくださった方々と映画と観客の方々にも心よりお礼申し上げます。


<完>

※①ミランダ・ジュライMiranda July
1972年生まれ。映画監督、作家、パフォーマンス・アーティスト、女優などとしても活躍中。『君とボクの虹色の世界』(2005年)が2005年カンヌ国際映画祭カメラ・ドール、サンフランシスコ国際映画祭、ロサンゼルス映画祭では観客賞を授与され、一躍注目を集めた。

中野理惠 近況
「八月のクリスマス」を皮切りに、多くの作品でお世話になったキングレコードの田中さんが退任されるとのことで、同作で一緒に汗をかいたプランニングOMの村山さん(第20話参照)とスキップの佐藤さんの4人で、12月の一夜<お疲れ様会>を。楽しいひと時をありがとうございました。

<謝辞>
3年もの長期にわたる連載を続けた中野理恵さんに心より感謝します。
今後も素晴らしい作品を紹介してくださることを期待します。
ありがとうございました。                                                                                                                               neoneo編集室