楕円のかたちをしたテルセイラ島。南の中心にアングラ・ド・エロイズモ。
16時のバスでアングラに戻ってきた。島一周のバス旅は、2回乗り換えて全乗車時間150分。テルセイラは、海岸線を2時間半でまわれるほどに小さな島である。
残りの日々を、近郊の村に行くバスをふんだんに利用して、この島の南部を点と線で動き、アングラの街をくまなく歩いた。
テルセイラが一番盛んだという闘牛を、アングラで見学した。日曜日の夕方、たぶん半数以上のアングラ市民が見物に来ているほどのにぎわいと興奮の場を共有した。さらに、アソーレスの各島でつづいている伝統的な宗教祭エスピリート・サントに、アングラの一地区で出会えた。これは、テルセイラに68もあるインペリオという小さな礼拝堂に感謝を捧げる祭りで、信仰の厚いアソーレスでは大きな行事のひとつだ。1週間近くもつづく祭りの一日、インペリオに捧げられた食べ物を、地区じゅうの人々が通りに長い長いテーブルを作って集い、そこでお祈りをして飲み食いするという祭りに遭遇した。「食べていきなさい!」と何度も声をかけられたが、信仰心のないわたしたちには畏れ多くて、遠まきに見物するだけで感動ものだった。
そしてもちろん、アングラの食堂で、魚と牛肉の島の郷土料理を堪能したのはいうまでもない。
アングラの闘牛。夏は島のあちこちで開催される。
エスピリート・サントの祭り。右手の青い建物がインペリオと呼ばれる小さな礼拝堂。
テルセイラの郷土料理「アルカトラ」。牛のランプ肉をアルカトラと呼ばれる土鍋で煮込む。鶏も魚もある。
テルセイラを去る前の日に、バスのまったく走っていない内陸部を見てみたくて、空港に迎えに来てくれたタクシーの運転手ルイスさんにお願いして2時間半のドライブをした。
内陸部の主要道路は、おおざっぱに言うと、東西南北を十字に結ぶようなラインが2本ある。西側にサンタ・バルバラ山地、東側にクーム山地があり、その間に湖や洞窟がある。
そして内陸部こそがアジサイの宝庫だった。空を覆うほどに育った樹々に囲まれた道路には、白いアジサイがまるで道しるべのようにある。
巨大な樹々に囲まれてひっそりとある湖の色は濃い緑色。洞窟は荒れた黒い溶岩と赤土の下に深く眠っている(閉所恐怖症のわたしは中には入らず、夫だけがヘルメットをかぶって探検してきた)。「黒い神秘」(Mistérios Negros)と名づけられた丘陵、ここからは広がる丘と空と海しか見えない! さらにポルトガル一のゴルフ場(こんなものがあった! だが起伏に富んでいる)。圧巻は、ルイスさんが「テルセイラで一番好きな場所」と言うクーム山地(Serra do Cume)の尾根からの絶景。標高545メートルの尾根の眼下に広がる緑の牧草地。そのなかにいる牛たちが豆粒のように見えている。息をのむような景色がアングラの街の手前までつづく。ゆるい湾を描くようなクーム山地の尾根には風力発電のプロペラがある。牛たちが幸福なように、人間にも豊かな心が宿るにちがいないと思えた。
クーム山地の尾根から見る牧草地。中央の黒い点々が牛たち。小山の向こうがアングラの街。
後ろを振り返ると、ラージェスの旧米軍基地、現ポルトガル基地が見えた。こちらもまた広い。わたしたちの戸惑いに応えるように、ルイスさんが教えてくれた。
「アソーレスとアメリカは、捕鯨をとおして長く深いつながりがある。島を何度も襲う天災や貧しさから故郷を捨ててアメリカに渡った人間はたくさんいる。ラージェスの基地は、元々はポルトガル空軍基地だったところを、戦後アメリカが空軍基地として占領したんだ。島の人間はアメリカ軍で潤ったところはあるけどね。数年前に撤退してほんとうによかった。でもまだ司令部だけは残っている。2003年に、この基地でアメリカのブッシュとイギリスのブレアとスペインのアスナールが密談して、イラク戦争が始まったのを知ってるか? 人を殺しに行く飛行機が自分の島から出るなんて、だれが喜ぶものか」。
米軍基地とイラク戦争の話は、とてもショックな事実だった。話を聞きながら沖縄のことを思った。なぜ日本は、沖縄から米軍基地を撤退させることができないのか。ラージェス基地から米軍撤退を可能にしたのは、EUヨーロッパ連合が後ろ盾にあるからではないか。沖縄の基地の現実を知るヨーロッパの国々はとても少ない。報道規制もされているはずだ。
クーム山地の南と北。この景色に、テルセイラの歴史といまを見た気がした。
6日間のテルセイラの旅は、初めてのポルトガルの島を体験するにふさわしい密度で、あっという間にすぎていった。7月9日、テルセイラに心を残しながら、アソーレス諸島最大の島であり行政の中心であるサン・ミゲルへと、ふたたびの小さな飛行機で向かった。
*「アソーレス、大西洋の小さな島々」はⅡ、Ⅲとつづきます。
次回は4月5日頃に掲載の予定です。お楽しみに!
福間恵子 近況
マーティン・マクドナー監督『スリー・ビルボード』。冒頭の画からぐいぐい引きこまれ、意外性の物語に圧倒された。人間は動いていく、動かされていく。ホンの練られ方がすばらしい。こんな映画をつくりたいと思った。というわけで、福間健二監督長篇第6作『天使の生きる場所』(仮題)は、今年夏の撮影に向けて始動中であります!