『月夜釜合戦』より ©映画「月夜釜合戦」製作委員会
「当事者が外部の人間の言葉を奪わず、いかに自らの権利を捨てていくか」
― 一方で『月夜釜合戦』のメイ。とても魅力的な女性です。大洞の傍で暮らしていても、タマオ(渋川清彦)に惚れられていても、誰の女にもならない。かなり象徴性が強いヒロインのはずなんだけど、演じる太田直里さんを通して地に足の付いた存在感を持っている。
加納 そうですね。皿を片付けるなど一つ一つの動作が良くて、彼女の日常をもっと見たくなります。
佐藤 なかなか痛烈な批評です。見えヘんとこあるよね、メイの日常。実は脚本を書いていて一番何考えてるのか分からなかった(笑)。直里さんにも「メイは何を考えて生きてんの?」って聞かれて、最後まで答えられんで。
― そこが『月夜釜合戦』の爽やかな印象に通じるのかもしれない。言葉は悪いけど、メイは立ちんぼのお姉さんでしょう。その生々しい面は描かず、とにかく彼女の周りで泥棒とやくざの親分の息子が張り合っている。漫画『タッチ』の関係なんですよね。たっちゃんとかっちゃんと南。
佐藤 僕は一応、『紅の豚』(1992)をベースに考えてたんですよ。豚とジーナとアメリカ野郎。
(同席した全員) なるほど!
― 背筋を伸ばして生きていて、でもすぐには掴めない女性ってことでは穂子さんとメイは似ているのかな。宮崎アニメのヒロインの胸がなぜ豊かなのかというと、宮崎駿が子どもの頃にお母さんが長く入院する、『となりのトトロ』(1988)と同じような時期があって、それで母性を求める気持ちが強いと弟さんが指摘しているのを読んだことがあります。
佐藤 それ、『月夜釜合戦』と『沈没家族 劇場版』はマザコン映画だってことですか?(笑)
加納 僕は実際、感想としてよく言われますね。マザコン映画だって。
佐藤 言われる? イヤやろ?(笑) 「マザコン」映画探しの方向性は発展してもいい方向ではないのでやめましょう!(笑)
『沈没家族 劇場版』より ©おじゃりやれフィルム
― では違う切り口を。2本には〈よそ者〉という共通項もあると思うんです。〈よそ者〉は共同体と対置される存在なのか、それとも〈よそ者〉が集まるから共同体が生まれるのか。
土くんは沈没家族の中心、当事者そのものだったけど、同時に最も成り立ちが分からない立場でもあったから映画を作った。零郎さんのように釜ヶ崎に長くいると、当事者と部外者、両方の気持ちを味わうでしょうけど。
要は、2本とも〈よそ者〉を肯定している映画だと感じたんです。当事者でなければ物事は理解できない、ということは無いのでは。
加納 僕は今後、一度はひとつの場所に根詰めて通い、できるだけ対象者と寝食を共にしながら映画を作る経験をしたいと思っているんです。『月夜釜合戦』を見て改めて思いました。自分がそこにとことん入り込んで、事象に直面することで初めて見えてくるものがあるはずなので。
佐藤 今は、僕の生活環境は違うんですよ。八尾から釜ヶ崎に通っているんです。釜ヶ崎の当事者でもなんでもない。
当事者だけが真実に近いわけではないのは、僕も同感です。当事者と部外者は運動の中でずっとある問題。多くの運動はそこに権力関係が生まれ当事者と支援者という関係性に硬直し、運動性を失ってしまう。もちろん当事者はその問題から逃げることはできないので周りにいる人間と決定的な違いがあり尊重されなければなりません。そのもともとある立場性の違いがある中で、どのように対等な関係、公平性を生むかは「運動」の議論で最も困難で面白いところです。
穂子さんが意識的だったんじゃないかと僕が再三言うのは、そこなんです。自分がどうしたって土くんにとっての一番の権力者、決定権を持っている存在であることに自覚的だったと思う。
ただ、母親である自分も穂子さんの中に常におって。父親である山くんには会わせたくないけど、そこまでする権利は私にはないんだと。そこは土くんに任せていく過程が『沈没家族 劇場版』のもう一つの肝ですよね。いかに自らの権力を捨てていくかというのは、社会運動がなかなかできないでいることだから。
加納 穂子さんは僕が聞かなければ、山くんに対する批判めいたことを言わなかったと思います。カメラを向けて僕から求めた時が初めてでした。その時に聞いたのは、僕には言わないようにしていたと。
佐藤 うん。穂子さんは強い人やな。
加納 それでも沈没家族の中で育っていた頃の僕は、母親を誰より求めていたんですよね。保育人の人たちが遊んでくれてもいつも穂子さんが一番だったようで、そこは穂子さんも悩んだらしいです。子どもからすると、単純に一番長く時間を過ごすのが穂子さんだったからじゃないかという気もするのですが。
零郎さんは、自分がどう育ってきたのかというテーマに興味はありますか?
佐藤 あまり無いなあ。父親が共産党員で議員やっていまして。戦争反対のデモなんかを手伝うと、京都では繁華街を通るコースが決まっているから学校の友達に見つかる。めっちゃからかわれて恥ずかしいんですよ。政治=ダサいと思ってた(笑)。ドキュメンタリーにはしっくり来るんですけどね。
父親のことは好きですよ。とにかく理論的な人で、物事は全てロジックで出来ているんだと叩き込まれました。しかしロジックを突き詰めれば、最後に残るのは気合と根性やと。こいつ、本物の左翼やなと思ってました(笑)。
でも、『月夜釜合戦』で賞をもらったり新聞に載ったりする時は、凄く素直に喜んでくれます。おおさかシネマフェスティバルでワイルドバンチ賞をもらった時は、あれだけ『資本論』を読め読めと言ってた親父が、僕が有名な女優さんと一緒に登壇してる写真に大喜びでした(笑)。穂子さんも、そういうところはあった?
加納 嬉しい驚きみたいですね。自分が熱心に通っていた映画館で僕の映画が上映され、自分がスクリーンに映るわけですから。ただ、彼女はよくドキュメンタリーを見ているので、言われるのは「あのシーン弱いよね」とかです(笑)。
【映画情報】
『月夜釜合戦』
(2018年/日本/115分/16mm、DCP)
監督・脚本:佐藤零郎
出演:太田直里、川瀬陽太、門戸紡、渋川清彦、カズ、西山真来、デカルコ・マリィ、緒方晋
配給:映画「月夜釜合戦」製作委員会
<今後の上映予定>
4月20日(土)~5月10日(金)まで 横浜シネマリン ※16㎜フィルム
4月26日(金)~5月9日(木)まで アップリンク吉祥寺 ※DCP
5月2日(木)~11日(土)まで開催 第20回全州国際映画祭 ※DCP
5月25日(土)~31日(金)まで 名古屋シネマテーク ※16㎜フィルム
6月21日(金) 松本CINEMAセレクト ※16㎜フィルム
『沈没家族 劇場版』
(2018年/日本/93分/HD/カラー)
監督・撮影・編集:加納 土
音楽:MONO NO AWARE/玉置周啓
卒制版 制作指導:永田 浩三/劇場版構成:大澤一生
宣伝美術:成瀬慧+中野香
宣伝:contrail/配給:ノンデライコ
製作:おじゃりやれフィルム
4月6日(土)よりポレポレ東中野にて公開中 ほか全国順次公開
【編者プロフィール】
若木康輔(わかきこうすけ)
1968年北海道生まれ。フリーランスの番組・ビデオの構成作家、ライター。