『台湾、街かどの人形劇』より ©Backstage Studio Co., Ltd.
陳錫煌は、台北偶戯館(人形劇博物館)で子供たち相手のワークショップをしている。楊監督は来日の前週、偶戯館のワークショップを訪ねた。
「ワークショップである男の子と再会しました。彼は5歳のときにこの『台湾、街かどの人形劇』を観て、そしてお母さんに『僕は布袋戯を学びたい』と言って陳師匠の元に通っているのです。先日会ったときに何歳になったか尋ねると『6歳になった』と。映画を観たと言うので嬉しかって『私が誰か知ってる?』と訊いたら『知ってるよ。撮影した人でしょ?』と言うのですよ。彼はワークショップに毎週通っていて、人形を操る技だけではなく、道具や刀、洋服や帽子作りのほうもしっかり勉強しているようです」
楊監督のこのドキュメンタリーは、特に子供向けに作られたわけではないと思うのだが、思いがけず後継者の卵を産みだしているようだ。じつは、監督の布袋戯にまつわる活動は本作を作っただけではない。
「いま、私は30分のこういった人形劇に関する映像をあちこちの小学校で上映して子供たちに見せています。目標は100校で、すでに40校をまわりました。毎回30分の映像を見せた後に、子供たちが人形触れる時間をとります。子供たちもとても楽しそうに人形に触っています。私は布袋戯の将来を子供たちに託しています」
本作の台湾での公開以来、伝統布袋戯は観客も学ぼうとする人も増やしているようだ。「映画が上映されてから弟子は10~20名くらいに増えました。毎回行くと、たくさんの弟子に囲まれていますね。」とも楊監督は言っている。
伝統伝統と言うけれど、陳師匠は闇雲に伝統を守っているばかりではない。布袋戯は操演3割、語り7割と言われていたそうだが、陳錫煌は言葉を超えて外国人にも伝わるよう操演に着目し、ひじょうに繊細な動きを人形に加えた。その技は本作の終盤で堪能できるようになっている。伝統楽器の響きに乗せたパフォーマンスで、ラストで流れるのは日本統治時代の作曲家・鄧雨賢による台湾歌謡の名曲「望春風」だ。これは何か意識した選曲に違いないと尋ねてみた。
「初めて訊かれましたよ。やはり意識して、映画と布袋戯の新しいスタートを期待して『望春風』を使いました。もともとこれは愛情に関する曲でしたが、一時期歌うことが禁止されていました。同様に台湾語もかつて学校では禁止され、しかも台湾語を話すのはとてもレベルの低い人だと見做されていました。でも、本当はそうではなくて、この曲と同様に(台湾語も布袋戯も)とても美しいものだということを表現したかったのです」
10歳を迎えたあたりで自分のなかから布袋劇が消えた時期に入ったと楊監督は語っていたが、じつは監督が5歳になった1974年から82年までの8年間、台湾語で展開される布袋戯は規制を受けていた。テレビ布袋戯「雲州大儒侠」が97%という驚異的な視聴率をあげたため、表向きは社会活動に支障をきたすとの理由から、真の理由はおそらく台湾語の放送が公用語としての北京語推進の妨げになるという言語の問題で布袋戯はテレビから消え、ライブパフォーマンスの機会も減少し始める。後にテレビ布袋戯は復活し、「雲州大儒侠」を生んだ人形師・黄俊雄の息子たち・黄強華と黄文擇兄弟によって先に挙げた霹靂布袋戯が展開されることになった。しかし、伝統布袋戯は、80年代にフランスの研究者によって李天禄が評価され、李らによって子供向けワークショップなどの活動も始まったが、そうかんたんには復興できず苦境は続く。メディアと結びつき、新しいテクノロジーを取り入れたものが生き残っていくようにも見えるが、原典としての伝統布袋戯あってこそとの思いが関係者にはあるはずだ。
『台湾、街かどの人形劇』より ©Backstage Studio Co., Ltd.
昨今、霹靂布袋戯は日本のニトロプラスおよびグッドスマイルカンパニーとの合作で Thunderbolt Fantasy Project を展開し、テレビシリーズ2作、スピンオフの長編2作を発表し、日本のファンを増やしている。そのファンのなかから伝統布袋戯に興味を持つ人々が現れ、9月末に陳錫煌その人が来日し上野公園でパフォーマンスをした際には客席を埋めたという。
「そのことに関して、私自身とてもうれしく思います。共存することはとても素晴らしいことです。また、Thunderbolt Fantasy Projectが日本で多くの若者に見てもらえることは、布袋戯というものにより多くの若者に接してもらえることになるので、とても喜ばしいことです。そして、彼らが私の作品を見ることによって大元である伝統布袋戯に触れてもらえたら嬉しいですね。私の作品のなかで扱った伝統布袋戯は、布袋戯の魂そのものを表現しているのです」
『台湾、街かどの人形劇』より ©Backstage Studio Co., Ltd.
【映画情報】
『台湾、街かどの人形劇』
(2018/台湾/カラー/DCP/5.1ch/99分)
監修:侯孝賢(ホウ・シャオシェン)
監督:楊力州(ヤン・リージョウ)
出演:陳錫煌(チェン・シーホァン)
プロデュース:朱詩倩(チュー・シーチェン)、田欣樺(テェン・シンホァ)、黃丹琪(ホァン・ダンチー)
演出:朱詩鈺(チュー・シーユー)
発行/制作/配給:後場音像記録工作有限公司
映画配給会社:星泰国際娯楽股份有限公司
特別感謝:中華文化総会
後援:台北経済文化代表処台湾文化センター
協力:大阪アジアン映画祭 日本語字幕:青井哲人+亭菲(フェイ)
提供:太秦・マクザム
配給・宣伝:太秦
ユーロスペースほか全国順次公開中
公式サイト:www.machikado2019.com
【監督プロフィール】
ヤン・リージョウ(楊力州)
1969年生まれ。輔仁大学応用美術学部、国立台南芸術大学大学院卒業。台湾ドキュメンタリー発展協会理事長。教職を経て、ドキュメンタリー作家に。「奇跡的夏天」(06、共同監督チャン・ロンジー張榮吉)で金馬奨最優秀ドキュメンタリー賞を受賞。主な作品に金馬奨50周年記念作品『あの頃、この時』(16)、「拔一條河」(13)、『青春ララ隊』(11)、「被遺忘的時光」(10)、『新宿駅、東口以東』(03)などがある。『I Love (080)』(99)では、山形国際ドキュメンタリー映画祭NETPAC賞を受賞。体育政策から高齢化問題、移民・労働者政策、過疎地教育などに関心を寄せている。
【執筆者プロフィール】
稲見公仁子(いなみ・くにこ)Kuniko Inami
台湾映画研究家。80年代末よりアジア映画に興味を持ち、90年代よりフリーライターとして情報誌や中華エンタメ系ムック、webサイトなどに参加。2006年より台湾の日本語月刊誌「な~るほど・ザ・台湾」(台湾文摘)で台湾ドラマ等を紹介するコーナーを担当。「中華電影データブック 完全保存版」(キネマ旬報社)では台湾パートの監修、「アジア映画の森―新世紀の映画地図」(作品社)では台湾映画総論などを執筆。台湾影視研究所としてセミナーも企画運営している。