【Interview】「記憶を未来に聞き届けるために――東北記録映画三部作」酒井耕・濱口竜介監督ロングインタビュー 聞き手=萩野亮

『うたうひと』  ©SilentVoice

『うたうひと』  ©SilentVoice

|聞き届けることのレッスン――『うたうひと』

――『うたうひと』における民話採集者の小野和子さんとの出会いは、この3部作にとって幸福な必然という気がします。小野さんは民話を採集することで「聞く」ということに徹せられている。その「聞く」ことのレッスンとして、この3部作全体がまとめあげられていくような印象をもちました。小野さんとの出会いで、それまでの活動があらためて位置づけなおされたということがあったのではないでしょうか。

濱口 自分たちが何をやっているかがようやくわかりましたね。もちろん語りを撮っていたわけですが、「語りが生まれるには、聞かれなくてはならない」という当然のことを理解した。「語ってください」といって語れるものではなくて、そこに聞く態度のようなものが前提として存在しなくては「語り」は生まれない。

『うたうひと』で影の話が出てきますが、語りには、影のようにつねに「聞く」ことが付随している。民話では「影」のほうが本質なのかもしれないということになっていますが、もしかしたら「聞く」ということが語りの母体であり核心なのかもしれない。

酒井 見えないものに何かが宿っているという感覚がありましたね。『うたうひと』を先に撮り始めていたのですが、だからこそ『なみのこえ』を作ることができた。

――3部作でこれを閉じようというのは、やはり『うたうひと』を撮られる過程で思われたことですか。

濱口 そうですね。これはいつまでつづくんだろうという感じが正直にいってあったんですね。お金を稼いでいるわけではないし、ずっとはつづけられない。どこでこれを終えるのかというときに、「民話」というものに出会ったんです。

『うたうひと』 ©SilentVoice

『うたうひと』 ©SilentVoice

――『うたうひと』で、「震災映画」、あるいは「被災の記録」という枠組みを完全に超えられたと感じます。酒井さんは、いまも単独で民話の記録をつづけていると伺いました。

酒井 『うたうひと』を通じて語ってくれた民話はおひとり50話ほどなんですが、全部で200話あるんですね。小野さんや「みやぎ民話の会」の方々はそれを「全部撮りたい」と。彼らが撮りたいと思っている以上は撮れるだろうと思っています。僕の今後の活動につなげていくためにも、民話や語りについて考える時間がもっとほしいと思っています。

ただ、東京に帰って来て思ったことは、東京で民話について考えるのはとても難しいということです。東北に行く理由がほしいという意味でも、小野さんに「ぜひやらせてください」といいました。そうするうちに手伝ってくれる人が出てきて、いまは東京と東北を往復できるような下地ができています。

小野さんに、『うたうひと』のお三方すべて撮るんですね? と確認したら、「じつはもう一人いるんです」と(笑)。それでいまはその方を撮っています。このまま興味が惹かれつづけたらいつまでやるんだろうとは思うんですが、小野さんたちがやりたいという以上、いまはこれをつづけていきたいと思っています。

――発表の機会などはあるのでしょうか。

酒井 いまは作品としてまとめるというよりも、まずは記録に立ち戻るということを小野さんとも話しています。せんだいメディアテークの「民話 声の図書室」で見ることができます。その他の見せ方についてはまだ考えはありません。

――濱口さんはいま劇映画の制作に戻られていますが、3部作での経験を経て、どのように「劇」や「演技」に向き合われているのでしょうか。

濱口 いま神戸に住居を移して、ワークショップを始めています。即興演技のワークショップなんですが、いまはほとんど演技のレッスンなどはしていません。参加者が自分の聞きたい人のところへインタビューに行ったりとか、「聞く」ワークショップをやっています。

この3部作の経験から、聞く人のフォーカスがその場全体のなかで焦点を結んでいるときに、そういう空間のねじ曲がりが起こるという感覚があって、俳優にもまさにそういう空間で演技をしてほしい。であれば、まずは「聞く」ということから始めてみようかと思ってやっています。ただ、「聞こう」と意識して聞けるのか、という大きな問題があって、聞こうとした瞬間にとても偏った形でしか聞けなくなるのではないかということはある気がしていて、どうやってそれを超えて、ある空間の中に入っていけるようになるかということをやりながら考えています。

ワークショップには17人、いろんな年代の方がいて、20代から60代後半の方までいらっしゃいます。最終的に映画を撮るんですけれど、困ったことにみんなに魅力を感じていて、でも全員を主役にはできない。それをどうしようかという幸せな悩みはありますね。(了)

(10/13 山形市内にて)

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|作品情報

東北記録映画三部作 
『なみのおと』『なみのこえ』『うたうひと』

監督:酒井耕・濱口竜介
★11/9(土)より、オーディトリウム渋谷にて公開! http://a-shibuya.jp/archives/7426
★11/16(土)より、渋谷アップリンクにてリレー公開!  http://www.uplink.co.jp/movie/2013/16256

 

 

『なみのおと』
製作:東京藝術大学大学院映像研究科 / プロデューサー:藤幡正樹、堀越謙三
撮影:北川喜雄 / 整音:黄永昌
2011年 / 142分 / HD/ カラー http://silentvoice.jp/naminooto/
『なみのこえ 気仙沼』
製作:サイレントヴォイス / プロデューサー:芹沢高志、相澤久美
実景撮影:佐々木靖之/ 整音:黄永昌 
2013年 / 109分 / HD/ カラー http://silentvoice.jp/naminokoe/
『なみのこえ 新地町』
製作:サイレントヴォイス / プロデューサー:芹沢高志、相澤久美
実景撮影:北川喜雄 / 整音:鈴木昭彦
2013年 / 103分 / HD/ カラー
『うたうひと』
製作:サイレントヴォイス / プロデューサー:芹沢高志、相澤久美
撮影:飯岡幸子、北川喜雄、佐々木靖之 / 整音:黄永昌 /助成:文化芸術振興費補助金ほか
2013年 / 120分 / HD/ カラー http://silentvoice.jp/utauhito/
山形国際ドキュメンタリー映画祭2013 スカパー!IDEHA賞

|プロフィール

酒井耕 Ko Sakai
1979年長野県生まれ。映画監督。現在の活動拠点は東京。東京農業大学在学中に自主制作映画を手がけ、卒業後、社会人として働いた後、2005年に東京藝術大学大学院映像研究科監督領域に入学。修了制作は『Creep』(07)。そのほかの監督作品に『ホーム スイート ホーム』(06)などがある。

濱口竜介 Ryusuke Hamaguchi
1978年神奈川県生まれ。映画監督。現在の活動拠点は神戸。東京大学文学部を卒業後、映画の助監督やテレビ番組のADとして働いた後、2006年に東京藝術大学大学院映像研究科監督領域に入学。修了制作は『PASSION』(08)。そのほかの監督作品に、『親密さ』(12)、『不気味なものの肌に触れる』(13)などがある。

萩野亮(聞き手・構成) Ryo Hagino
1982年生まれ。本誌編集委員。映画批評。立教大学非常勤講師。編著に『ソーシャル・ドキュメンタリー 現代日本を記録する映像たち』(フィルムアート社)、共著に『アジア映画の森 新世紀の映画地図』(作品社)、『アジア映画の最前線』(仮題・作品社近刊)。

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