【連載】ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー 第12回『日本紀行「沖繩県」 メンソーレ(面候)珊瑚礁』


告知を―古い音源を集めたラジオ番組、放送します

廃盤アナログレコードの「その他」ジャンルからドキュメンタリーを掘り起こす「DIG!聴くメンタリー」。しばらく、間があいてしまいました。
本業の構成作家のほうで、ラジオの仕事を初めてすることになりまして。古い放送音源をいろいろ聴いていたのです。

NHKラジオ第1『小山薫堂の“温故知新堂”』 第5回「戦争とラジオ」
8月25日(火)21時05分~21時55分
http://www4.nhk.or.jp/onko/

番組名とテーマから大体お分かりの通り、226事件の「兵に告ぐ」、大東亜戦争(太平洋戦争)開戦の臨時ニュース、大本営発表、空襲の警報放送、そして玉音放送などなどを、まとめて聴いてみましょう、という番組です。今では全て歴史的な音源ですが、当時の国民にとってはどれも息詰まるリアルタイムのニュース。どんな気持ちで耳にしていたのか、をテーマにしています。

この連載をやっていることから、「古い音を聴くの、嫌いじゃないでしょう?」と、お声をかけていただきました。
そりゃー嫌いじゃありません。大変ありがたいお仕事でしたが、一介の聴くメンタリストとしてはね、当初は眩暈をおこしかけましたよ。レコードの奥のほそ道だけでも入口でまごついているのに、さらにラジオという密林が待っていた! 否が応でも、この連載につながる勉強になりました。
そういうわけで番組には、「聴くメンタリー」の武者修行篇という個人的な意味合いも、こっそり~と滲み込んでいます。8月25日のOA、ぜひ、お聴きください。

―もともと、前回『おとうさんの童謡 ~サトウハチローとメルヘンの世界~』(1973/日本コロムビア)を取り上げた際、聴くメンタリーとラジオの関係は思ったよりも近いぞ、と気付かされていた。
「構成=沙河はじめ」とクレジットされている人が、ラジオの作家だったと知ったからだ。なるほど、いわゆる録音構成の番組の作り方は、まんまLPにも援用できるなーと。実況などを放送用に録音したレコードを原盤にして、市販化することは戦前からあったそうだし。

この、沙河はじめという名。自分の部屋の中で見たことがある。これまで入手してきて、連載で取り上げていないものをしばらく探したところ、あった。やはり構成でクレジットされているLPが。
それが今回ご紹介する『日本紀行「沖繩県」 メンソーレ(面候)珊瑚礁』だ。1975年にキングレコードから発売された、《日本紀行》シリーズの1枚。
道理で、現地取材の録音、人びとの話(インタビュー)、ナレーションなどがきっちりと組み合わされているわけだ、と納得した。初めて耳にした時から、これは一味違うなと思っていた。
なのに、どうしてこれまで取り上げてこなかったのか。正直、あんまり楽しい盤ではなかったのです……。

盛りだくさんの内容なのに、もたれてしまう……その原因

本盤の内容自体は、盛りだくさんだ。これまでに紹介した「聴くメンタリー」の中ではイチバンの情報量といっていい。以下に一覧にしてみる。●はすべて、それぞれの専門の方の語り。

【A面】
○波の音
○ラジオ沖縄の「方言ニュース」で人気だった仲井真元楷のあいさつ
●沖縄の芸術文化について解説
○民謡「安里屋ユンタ」
●蛇皮線づくりの話
●壺屋焼の話
○鳥・スーサーの鳴き声
○民謡「浜千鳥節」
●沖縄言葉の歌の詠み
○ハーリー船競争
○唐手道場の稽古風景
○民謡「加那よー」
●海軍壕・ひめゆりの塔・摩文仁岳のガイド説明

【B面】
○大綱引き

○エイサー
○民謡「谷茶前~伊計離節」
○玉泉洞
○八重山舞踊の稽古風景
●舞いの特徴の話
●(琉球王朝時代の)強制移住の言い伝え
○民謡「ユンタショーラ」
●竹富島の話
○民謡「与那国しょんがねー節」
○那覇市市場本通り
○サトウキビの歴史
○「海洋博ユンタ」
○まとめ~波の音

50分強でこれだけ。一つの○や●のなかにも、男女のナレーターの解説が入るので、まあ、見事にギッチギチで、内容も濃い。
前半の聴きどころは、戦後の沖縄を代表する名工・又吉真栄がマイクに語る、楽器店店主から蛇皮線(三線)づくりに打ち込むきっかけとなった逸話。

「ハワイの二世の方が私の店に寄ってですね、『三味線をくれ』と言い出したもんだから、『ハイハイ』と言って、普通の、今まで通りの三味線をお見せしたら、『いや、これじゃない。君の作品は無いか』と言うもんだから、『いやー……私の三味線と言われたらちょっと……恥ずかしいですねえ。昔の人がもう
(完成されたものを)作ってしまって、無いんですよ』と言われたら、『じゃあ、おかしい。そんなものいらない』と言って帰ってしまってですね。私は非常に頭をひねって、そんなものかなあと思ったところで、やっぱりこれは、自分の三味線というものを作らなきゃいかんと」

他の語りはもっぱらよそゆきというか、かしこまっているので、その分、又吉真栄のボソボソとした照れくさそうな早口があたたかく感じられる。お人柄が偲ばれる録音がこうして残されている点で十分、本盤は価値を持っている。
しかし、あいにく、聴けて良かったなーと嬉しいのは、これ位なんだよね。
当時、ラジオで第一線の作家が入り、丁寧に構成された立派な「聴くメンタリー」なのに、面白みに欠ける。
その理由をよくよく考えてみると、答えは割と簡単だった。音が主役になっていないからだ。

ハーリー船競争や大綱引き、エイサー、市場の賑わいなどを現地録音しているのに、どうも全体に漫然としている。ナレーターの解説が無いと、ただ人が沢山いて何かやっているんだな、位しか分からない。そのため解説を上から被せるテクニックが必要になるのだが、そうなると、ますます現地録音の良さが消える……悪循環。番組作りのノウハウが、かえって仇になっている印象を受ける。

沖縄の大綱引きとポール・マッカートニー

良い「聴くメンタリー」は録音の時点で、これを聴かせるぞ! という、音の主役づくりがハッキリしている。連載を続けてから、だんだん分かってきたことのひとつだ。
前に紹介した『栄光への爆走 〈1966年仏ル・マン24時間レース〉』(1967/ロンドン・発売元:キング)でいえば、ズバリ、マシンの走行音。『梵鐘』(不明/CBS・ソニー)のように、録音したのは鐘の響きのみ、他の要素は一切なし、であっぱれに突き抜けているものもあった。

本盤の場合、ヨシ、これが沖縄の現地の音だ! と据えてかかれるものを、沙河はじめは見つけられなかったようだ。いや、あり過ぎて選びきれなかったと言うべきか。
合間に組み込まれている民謡のほうは、いい。照喜名朝一、翁長三郎らの歌が聴ける入門編の要素があるので、90年代のネーネーズから入ったクチの僕なんかは得した気分。でも顔触れを見ると、当時キングレコードから出ていた民謡レコードと重なっている。本盤のためのオリジナル録音ではないよなあ。

特に沖縄の大綱引きが、ただのおまつりのガヤ音にしかなっていないのは、ポール・マッカートニーの『タッグ・オブ・ウォー』(82)と比べてしまう分、残念だった。
これはポールの1980年代の代表作といえるアルバムで、タイトル曲の冒頭に20秒ほど、綱引きをする音が入っているのだ(シングル・ヴァージョンではカット)。
新譜として買った中学生の頃から、雨にまつわるポップソングのイントロの雨の音、みたいなSEの演出と捉えて、気にも留めていなかったのだが。最近になって初めて、ヨークシャーで行われた本物の綱引き大会の決勝を会場まで出向いて録音したものだと知り、深くカンゲキしてしまった。ポールもプロデューサーのジョージ・マーティンも、実は聴くメンタリストだった! なんてね。

実際、綱を引く男たちの「オーーーーシッ……ウーーーシッ!」と唸る声は、映像が無くても十分なほど鮮やかに、綱引きなるものを表現し得ている。人生における様々な競争、駆け引き(さらには当時の米ソの冷戦構造)を「相手を負かすまで手を離せない」勝負になぞらえる、比喩とメッセージがバッチリ噛み合った名曲と対峙できるだけ、マイクの竿を男たちに向かって突っ込んでいる。
〈ポールの仕込んだ聴くメンタリー〉。こっちはもちろんCDで聴けるので、ご興味ある方はどうぞ。

しかしまあ、ポール・マッカートニーと比べたらつまらない、なんて非生産的極まることをこの連載でボヤいていても、もっと、つまらない。廃盤になったまんま、CDで復刻もされなかった中古レコをわざわざ掘り起こしてるんだから。「聴くメンタリー」の旅は、なんで今イチなのかを吟味することからが本番になる。

▼page2  〈ディスカバー・ジャパン〉の時代だから生まれたレコードにつづく