【Interview】映画が完成したからおしまい、というわけにはいかないんです~『放射線を浴びたX年後2』伊東英朗監督インタビュー

映画が完成したからおしまい、というわけにはいかない

若木 NNNドキュメントの番組では、「放射線を浴びたX年後3 捨てられた被ばく者」(14)まで制作されています。この番組が川口さんの登場する、今回の劇場版のベースになっているわけですが、今後も劇場版のパート3を作る構想があると考えてよいでしょうか。

伊東 3作目があるかどうかより、この先も取材は続くっていう順番ですね。続くけれどその様子を露出することのないまま終わるかもしれないし、それは分からないですね。

もう、映画を作るのが目的じゃなくなっているから。事件を解決することが目的で、映画にならなくても事件が解決すれば、それが何よりだと思うようになっています。

繰り返しのようになるけど、この事件は本当に、被ばく者や遺族、関係者と丁寧にコミュニケーションをとり、寄り添うかたちで取り組み、次のアクションにつなげてくれる人が現れない。これが僕の、一番の疑問ですね。
僕が今やっている取材は、とにかくそこを大切にして、一方的に自分だけが映画や番組にして、厚生労働省がダメだ、政府の考えを変えるんだ、そう主張する風にはならないようにしたいんですよ。よく、なぜもっと番組が事件を解決する方向に向かっていないのかと言われますが、僕は民意というか、まさに被ばく者、遺族の人たちの思いと一緒に動きたい。

今回の、室戸での川口さんや山田さんたちがひとつのロールモデルになって、同じような動きが多くの被ばく者が存在する他県で生まれ、連携し合っていく。その時に確かな次のアクションが起きるんじゃないかと。そう思っていますから、気長にやっていかないと。

若木 南海放送では他に幾つも番組を制作しているのに、その合間に取材を継続する。もうこの事件は特別な、ライフワークに近い存在ですか。

伊東 僕から見たら、ライフワークです。でも、取材される側を考えれば、番組が出来ましたからあとは知りませんという態度はあり得ないでしょう?

皆川 でも、次から次と作らなくてはいけないなかでは難しいことでは。映画や番組が完成した後も訪ねていく伊東監督のほうが、珍しいケースなのではありませんか?

伊東 おんちゃんたちからすれば普通じゃないでしょうか。特に驚かれたことはありません。それに、それが普通じゃないと、受け入れてくれないと思う。
実は僕も今まで、すごくできていなかったんですよ。放送後にちゃんとお礼に行く、といったことが。1本作ったらすぐ次にとりかかってオンエアも見ない、の繰り返しだから。それがすごく自分の反省点で。

先日、川口さんと一緒にね、『放射線を浴びたX年後2』に出てくれた人のところに挨拶に回ったんですよ。2日間で20軒以上かな。みなさん、すごく喜んでくれてね。こういうことはやっぱり大事なんだな、と。
ただ、普通の番組づくりでは難しいことです。僕もこの10年間、このテーマで130人位にはインタビューしていますけど、全員を訪問して挨拶はなかなかできない。本当はやらないといけないんだけど。

猿田 さっき、伊東さんは川口さんと会ってこの人を軸にする、という構想が浮かんだのか、みたいな質問があったでしょう? ホテルのロビーで伊東さんと川口さんが初めて会った時、私も同席したんだけど、伊東さんは本当、ふつうに話を聞いていたんですよ。

作る人ならもう少し、ああ、この人使えるとか、つながるとこの先メリットがあるとか内心で計算するんじゃないかと思うんだけど、伊東さんはその気配がまるで無かった。その時に私は、ああ、この人は自分の映画のために動いてるわけじゃないんだな、と改めて思ったんです。

伊東 本当は、事件のことを知りたい機運になり、聞き取りをやろうとする人達が現れて、僕はたまたま近くにいたからカメラをまわす記録係になった、位がベストなんですよ。
最終的には今までずっと言ってきたように、力のある人たちが系列媒体を越えて事件を俯瞰して客観的に世の中に届けてくれたらいい。僕はそのはじっこで、たまに顔を出すみたいな(笑)。

60年経っても、まだ残っていること

若木 伊東さんがこのテーマをすごく人寄りで捉えていて、厚生労働省が情報を開示したから取材を一段落できる、そういう風には考えていないことはよく分かりました。被ばくについて口をつぐまざるを得なかった多くの人と会い、黙って通り過ぎるわけにはいかなくなったことも。
一方でこうして取材を続けて、室戸の土地と人を好きになった、という面もありますか。

伊東
 それはあります。でも、表面的にしか分かっていないでしょうね。室戸は難しいところだって川口さんも言うんですよ。

皆川
 難しいというのは?

伊東
 人間関係や気質などが複雑だと思うんですよ。まず、海に面した狭い土地にあって、愛媛の瀬戸内海側にある漁師町とは違いますね。それに、マグロ漁が盛んな時代、ふだん男たちはほとんどいなくて、化け物みたいに大儲けしたと思ったら完全に没落していなくなる。そういう家がすごく多かった町での人間関係は、ちょっと僕らが考えるものとは違うと思います。でも、僕が知る限りでは本当にみんな、いい人です。

ああ、今話していて思ったけど、川口さんがなぜそこまで追いかけて調査するのかと、伊東がなぜそこまでしつこく取材を続けるのかは、似ているのかもしれませんね。モチーフや思いというより、「世の中にはそういう人がいる」と(笑)。簡単なことかもしれない。

若木 その町の特殊性、よその人間が訪ねてもすぐに分からない部分。そこに惹かれるのは、理解できる気がします。

伊東
 だんだんと受け入れてくれているのは、間違いないですよね。それは何よりもうれしいですよ。行くとよく利用する宿があるんですが、最近は「お帰り」と言ってもらえる(笑)。働いているおばちゃんたちに「よう頑張っとるね」って。
今は前作の自主上映を、地域の人や教育委員会が主催してくれているんですよ。「あんたようやってくれるね、愛媛から来て室戸のために」と、すごく感謝してくれる人もいました。そうなってきたから、室戸に行くのもすごくホッとするというかね。自分の地元に帰るような感じになってきました。

若木
 そういう、よそから来た者にいったん心を開くと優しく、情の濃いところと、長い間マグロ漁船の被ばくの話題はタブーになっていたこと。絡まり合っている印象があります。

伊東
 ビキニでの被ばくと放射能検査があった当時、緘口令がありました。これまでにもなんとなくは聞いていましたけれど、それが相当に厳しいものだったことは今年、2015年になって初めて知ったんです。僕には誰も言わなかったから。川口さんと山田さんが聞いてくれるから、みんな話すわけですよ。

漁師町の人にとっては、マグロが売れなくなったら暮らしていけなくなる、死活問題ですからね。船主さんは莫大な借金をして船を作っているし、マグロ漁を中心に町の経済は回っているし。ある意味、原発のある地域と構造は同じですよね。一つつぶれたら、連鎖反応であらゆるところがつぶれていき、みんな家族を養えなくなっていく。
だから、絶対に口外してはいけないし、船で被ばくしようと死の灰が降ろうと、話題にしてはいけないというのはあったんですよね、当時。それが60年経っても、まだ残っているんですよ。被ばくしてどうなるか、放射能の影響はどれくらいあるのか、みんな分からなかったってこともあるけれど。

早く亡くなる人が多い実情が見えにくくなった理由の一つに、マグロ漁船に乗った男たちの「船を一度下りたら知らない人」という掟があります。それで、みんな船を次から次へと乗り換えていくでしょう。だから誰が死んだのか互いによく知らないんです。

だけど、ここがすごく不思議というか矛盾なんだけど、船にはそれぞれの親戚や近所の人が多く乗っている。なので、例えば近所のAさんが早くに死んだことは知っているけれど、Aさんがあの船に乗っていたことは今まで知らなかった、となる。やはりもうこの世にいないBさんもCさんも同じ船に乗っていた、という事実とリンクしないんです。

乗組員がみんなで写っている写真があれば、それが分かるんですよ。終盤、写真を見たおばちゃんが、あれ、この人も早くに死んでいる、そういえばこの人も……と気付く場面は、まさにそういうことなんですよ。
たぶん、30年前に同じ写真を見ていたら、みんなもっと、あれ、何かやっぱりおかしいぞ、となったと思います。

©南海放送

皆川 客観的に取材する立場には限界があり、しかし、そういう立場だからこうして人に見せる、知らせる形にすることができる。そういう監督の模索があったことが、お話を伺ってずいぶん分かりました。

若木 伊東さんは前作が公開された時から「時間と手間のかかるテーマに当たってしまった。もっと大きな媒体、発信力のある人にバトンタッチしたい」とよく言っていた。そこには事件のことが周知されないジレンマと、他の番組も抱えるディレクターとしてのジレンマ、両方あったと思います。会えばいつも穏やかな人だけど、ジリジリしている雰囲気はあったから。
だから今日は、「半分はもう運動家」という言葉を聞くことになるとは思いませんでした。室戸の人に徐々に心を開いてもらっている手応えも、そこにはあるのかな。

猿田
 ドキュメンタリーの制作者にはいろいろなタイプがいると思うけど、伊東さんはふつうとは少し違うよね。

伊東
 どうでしょう。これも必然ですよ(笑)。なすがままに、なるがままに、じゃないんですかね、本当に。


【作品情報】

『放射線を浴びたX年後2
(2015 年/カラー/日本/16:986分)

監督:伊東英朗
ナレーション:鈴木省吾
製作著作:南海放送
協力:日本テレビ系列 NNNドキュメント

全国順次公開中
山梨:1212日(土)よりテアトル石和
名古屋:1226日(土)よりシネマスコーレ
2016年、大阪、京都、兵庫、広島、新潟で公開予定

最新情報は随時、公式サイトにてお知らせしていきます。 http://x311.info/ 

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