【連載】「ポルトガル、食と映画の旅」第9回 ニコの食堂 text 福間恵子

福間恵子のポルトガル、食と映画の旅
第9回 ニコの食堂

<前回(第8回)はこちら>

日本の6月は梅雨のじめじめだけれど、ポルトガルでは暑さがまだゆるくてさわやかな天候のいい季節である。首都リスボンの6月は、聖アントニオ祭(Dia de Santo Antônio)があり、別名イワシ祭りとも言われている。脂ののった旬のイワシを堪能する季節なのだ。

この祭りにはまだ出会えていないけれど、夏のリスボンの下町には、あちこちからイワシを焼くいい匂いが立ちのぼる。鱗もそのままに粗塩をたっぷりふりかけて炭火で焼くイワシは、日本のサンマの秋さながらにポルトガルの夏の風物詩でもある。

海に面したポルトガルは、日本のように魚の旬があり種類も豊富で、本来の調理法はほとんど同じ。塩焼き、塩ゆで、から揚げ、てんぷら風、グリル焼きなどなど。今の日本は凝りすぎたものが多いけれど、かつてはそうだった。

わたしがポルトガル料理にのめり込んだのも、そんな要素がつよいかもしれない。いや、それでは安売りの観光キャッチフレーズになってしまう。「日本人にもなじみやすい、どこか懐かしい味」。それだけじゃないんだよと実感させてくれた14年間のポルトガルの食とのつきあい。そのベースにあるのは、11年通いつづけているリスボンの小さな下町食堂だ。

 2006年3月、5回目のポルトガルの旅のリスボン。夫が先に帰国する日の前の夜。最後の食事をどこに行こうか。ここまでの旅では田舎ばかりをまわっていたから、リスボンはまだまだ知らないことが多かった。観光客の来ない庶民の店を見つけたい、そう考えていた。

いまだから実感して言えることだけど、リスボンの旧市街は小さい。観光客で賑わう広場や商店街・飲食街のすぐ裏手には、土地の人しか行かない雑貨屋や食堂がある。けれどもそこは、すこし怖そうなところにも見える。ゴミが散乱していたりして不衛生にも見える。坂道で車一台がやっと通れるような道がくねっていて、暗い表情の黒人の人たちがたむろしてもいる。そういう一角がずっと気になっていた。小さなホテルだってあるから、今後のためにも覗いてみたいと思っていた。

その食堂は細い坂道の途中にある。どこにも看板などないが、あきらかに食堂(カフェ)だ。赤と青と黒のマジックで手書きされたメニューがドア横に張り出されていて、ドアは開けっ放しで、食べている人たちの声とおいしい匂いが道に流れ出ている。メニューは信じられないほど安い値段で、肉と魚の7〜8種類ずつが書いてあった。迷うことなく入るべきだ、そう思ったときに、ちょうど出てきたおじさんが「ここは最高だよ!」とにっこり声をかけてくれた。それが後押しになった。

小さな店内は満席。でもおじさんがいたところが2席空いている。店主が目で合図してくれてそこに座る。もちろん相席だ。テーブルは小さい、椅子の間隔も狭い。座るのがひと苦労だが、食べているお客さんたちの目も動きもやさしい。後ろの人がすっと椅子を引いて、入りやすくしてくれる。「オブリガーダ」に笑顔が返ってくる。この2分ほどで、この店の好感度が一気にふくらむ。

店主が皿とナイフとフォークを持ってやってきた。「フィッシュ? ミート?」。外国人だから英語で来た。その頃はもう、食べもののほとんどはポルトガル語で理解できていたから、二人分の魚料理を注文する。「パラ・ベベール?(飲み物は?)」「ドゥアス・インペリアイシュ・イ・ティント、ファシュ・ファヴォール(小さい生ビール2つと赤ワイン、お願いします)」。

店主は親指を立てて、カウンターの中へ。調理場は見えないが、わたしたちの二つのオーダーを伝えている。すぐに飲み物とパンがきた。ワインはもちろんボックスだが、おいしいのだ。ポルトガルワインの知られざる実力。そして5分もしないうちに料理が運ばれてきた。「小イカのグリル焼き+茹でジャガイモ」と「ハタの煮つけ(もちろん醤油ではない)+茹でジャガイモ・グレロス(菜の花に似た青菜)」。いやー、すごい! どうしようと思うぐらいすばらしい。興奮する。

写真1 小イカのグリル焼き+茹でジャガイモ

写真2 ハタの煮つけ+茹でジャガイモ+グレロス。ハタ二切れが野菜に隠れているが、りっぱなのだ。

小イカ6本は塩味で、ほどよい焦げ目で焼いてあって、小さくても身は痩せてなくてプリプリ。レモンをかけてオリーブオイルを垂らして、めちゃおいしい。茹でジャガイモの甘さがやさしくて、イカとよく合う。

ハタの煮つけ、ハタは日本では高級魚だけれど、ここのは少し小さめで安価なのか。この大きな切り身が2つ。これもまたたぶん塩味だけだ。そのスープで煮たと思われるグレロスとジャガイモ。銀色の皮と鮮やかな緑とクリーム色。すばらしい取り合わせである。ハタに上品な脂がのっていて、コクがある。オリーブオイルと酢を少したらしていただく。どちらの料理もふたりで分けあった。

あまりのおいしさに夢中で食べて、気がつけばもう21時近くなっていて、客も少なくなった。店主がやってきて「ボン?(おいしかった?)」と尋ねたので「オッティモ!(最高!)」と答えた。

「日本人か?」

「はい、東京に住んでる」

「おお、東京か! ポルトガルは好きか?」

「大好き!」

「おれはニコ。兄と二人でやってる。また必ずおいで」と固い握手。

調理人のお兄さんが、まかないを持ってきて食べはじめた。これまたおいしそうで、思わず見てしまう。お兄さんの笑顔が返る。そう、ここはレストランではなくカフェだから21時には閉まるのだ。

初めてのニコの食堂。会計はふたりで11.35ユーロ。信じられない値段だ。至福の食堂体験。これはポルトガルに来て初めてといっていいほどのものだった。店の看板はどこにもないけれど、「ニコの食堂」と名づけた。ここからニコの食堂とのつきあいが始まった。

ポルトガルの食の店の区分けは、基本的に3つ。レストランとカフェとパステラリア。

レストランは、世界で一般的に言われている「レストラン」だと思えばいいけれど、いわゆる「高級」なところは多くない。パステラリアは、「パステル」=パイ、総じてお菓子、それを売りそこで食べられる店ということで、いま風に言えばスイーツカフェみたいなものだ。レストランは、お昼と夜の食事を提供し、11時半頃から15時頃までと18時頃から0時頃まで開店しているのがふつう。パステラリアは7〜8時頃から20時頃まで途中休まず開けている。

で、カフェである。店のスタイルとしては、スペインやイタリアのバルに似ている。朝7時(6時の店もある)から夜9時まで、途中休まずに開店。朝から晩までソフトドリンクからアルコール類まで出す。ポルトガルの朝のカフェでふつうに出会う光景は、仕事に行く前にコーヒー(エスプレッソがほとんど)と軽いパンか甘いものを立ったままですませて、5分ぐらいでさっと出ていくというものだ。観光客が集まる下町のカフェでは、朝から塩味の揚げもの(タラのかき揚げやコロッケなど)やサンドイッチ類がすでに用意されていたりもする。

このカフェの多くは、昼食(almoço アルモッソ)も夕食(jantar ジャンタール)も出してくれる。昼夜とおしての日替わりメニューがあり、店によって差があるけれど、肉類4〜6種類、魚類3〜5種類がひと皿もので用意される。いわゆる「定食」である。11時半頃になると、店の外やドアに看板や張り紙に書かれたその日のメニューと値段が出る。値段もまた店によって異なるけれど、最低で3.50ユーロ、最高12ユーロというところではないだろうか。さすがに16〜18時頃だと、食事メニューは「出来ないよ」と断わられるし、21時には閉まるから、制限があるといえばある。こういうカフェを、わたしは「食堂」と呼んでいる。

一方でカフェはもちろん、その名の通り、飲みものと軽いパンか甘いものしか出さない店もある。店に入ると、中の造りや匂いでだいたいそれはわかる。こういうカフェもまた貴重な存在で、近所の社交場であり、旅行者がひと休みしてトイレを借りる場であり人々を観察できる場でもある。1ユーロあればエスプレッソもビールもワインも飲めるのだ。

ポルトガルのカフェは、その土地(地区)の個性と需要に応じて、多種多様に臨機応変に存在している。じつにありがたい場所である。

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