ロックやバイクの仲間として復活した漫才
すでに書いている通り、『THE MANZAI』の漫才は内容もしゃべりも粗野だ。1組だけ別格扱いのやすしきよしにしても、やすしが傷害事件をたびたび起こしたのを逆手に取り、きよしがやすしを立て続けに「こいつはホンマにワルなんです」と追い込む。
先日、狭い道を譲らない車がいたので二人で揉めまして、という話では―
きよし「まだ除けへんのか、言うどォこら」
やすし「ちょっと聞けよこら。お前もな、言い方が足りんねん言い方が」
きよし「なんで、なんででんねん」
やすし「スコンと行け、スコンと」
きよし「スコンと」
やすし「スコンと行け」
きよし「見せたんなれ、もっと言うたんなれ、怖いこと(聞き取れず)!」
やすし「おら、お前こらお前、ハジキ持ってきたろか」
きよし「いや」
やすし「きっちり持ってくるぞこの(聞き取れず)!」
きよし「そんなことは言わんほうがええ」
やすし「いや」
きよし「そんなことは言うたらあかん……おはじきやないか!」
やすきよを知らない人が聴いたら、盛り場の喧嘩に出くわしたかと思うような怒声を上げてから、スッとベタな位なところに落として安心させる。見事なものだ。「ツッパリ漫才」の紳助竜介ら後輩世代と並んでも一際ガラが悪いのに、上方の王道であり続けた特異性。
要するにやすしきよしは、エンタツアチャコが捨てた「万才」の猥雑さを蘇らせたのだ。やすしが実生活でもトラブルメーカーである問題を、笑いにすれば迷惑が昇華され大目に見てもらえる事情が、そうなる必然を招いたのだと言える。
そして、その方法論がテレビの演芸停滞期と重なり、安全で安定した漫才を新しくした。
広島出身の島田洋七がオーバーなアクションとともに田舎者をけなし、紳助がグレていた少年時代をネタにし、ガニ股でマザコンのたけしが「ブス」や「ババア」を罵る屈折は、下層芸能だった「万才」の、高度経済成長以降も澱む層を母体にした復活だった。
ロックやオートバイ、ギャグ漫画と同じ位、初期衝動をぶつけ、または投影させられる装置として、漫才はテレビで解放され直したのだ。
しかし、戦前の事前検閲のような締め付けは過去になったとはいえ、自由になったわけではない。放送できる内容の枠は厳然としてある。力がある者ほど、スピードのある即興と放送倫理のせめぎ合いに消耗した。そして、次々とタレント、俳優に活動の重心を移すようになり、自らの手で漫才ブームを終わらせた。
ただ、これも「万才」の復活現象のうちと捉えることはできる。エンタツアチャコ以前は、しゃべりも一要素の雑芸だったからだ。司会をしたり演技をしたり、歌のレコードを出したり。何でもやるし出来て浮世をしたたかにサバイヴできる奴のほうが、歴史的には漫才師として正統なのだとさえ言える。
それを最も体現しているのが、ツービートのビートたけしだった。
ツービートの漫才・完全採録(Ⅰ)
ここまで書いたら、いつもの連載の分量に近づいてしまった。うーん……今回は特別。自分にごほうびとして、気にせず続ける。よろしければお付き合いください。
いっぺん、当時のツービートの漫才をちゃんと検討し直してみたかったのだ。僕の世代の最大のポップアイコン、たけしのブレイクの瞬間。
『THE MANZAI』の音声を可能な限り採録する。(聞き取れず)としている部分は、大声の早口が日本語の状態になっていないか、客席の笑い声が弾けてマイクの音を消しているかのどちらか。(笑)もいちいち書いていない。(笑)が断続的に響く中でのパフォーマンスだと思ってもらえれば。
たけし「えー、ビョーキのツービートでこざいますけども」
きよし「なにを言ってるんだキミ」
たけし「しかしですね、MANZAIパート3。だんだんだんだん漫才が流行ってきましてですね。なんと、ヘタな順に出てくるようになりまして。漫才と言うのはしかし、若い感覚がなきゃダメですね」
きよし「そうですよ」
たけし「常に感覚は新しく。そう思っておりますが」
きよし「私だってそう思っています」
たけし「胸を張るんじゃない」
きよし「なんだよ」
たけし「お前は嘘つくんじゃないこの野郎」
きよし「嘘じゃない、思ってんだ俺ァ」
たけし「人が覚せい剤やマ、マ、マリファナで捕まってる時にお前」
きよし「なんだ」
たけし「お前だけヒロポンで捕まったって噂あるんじゃねえか」
きよし「待て!」
たけし「情けないよお前は」
きよし「ヒロポンなんかやってんのかそんなもん」
たけし「最近やっとダッコちゃん買ったんですよこいつ」
きよし「(聞き取れず)」
たけし「お金はたいてフラフープ買ったっていう」
きよし「買わねえって!」
たけし「しかしですね、こういう商売やってますと親の死に目にも会えないですからね」
きよし「そら芸人ってのはそうなんですよみなさん」
たけし「こないだウチのお父っつぁん死んじゃったんですけどね、運が良く私死に目に会えました」
きよし「なに、会ったらんか」
たけし「私が締めたんです」
きよし「(聞き取れず)自分の親殺す、」
たけし「やかましいなこの野郎」
きよし「なに言ってるんだ」
たけし「でもやっぱりね、親父が死んだ後の、あのなんちゅうか、遺言ですね」
きよし「あ、遺言状」
たけし「これを見るのが嫌なもんでね、私なんか見ながらドキドキしちゃいました」
きよし「自分のことがどう書かれてるかっていう」
たけし「いや俺が書いたのがバレんじゃないかって」
きよし「人の遺言状勝手に書くな馬鹿者」
たけし「うるせえなあ、この野郎」
きよし「なにを考えてる、しかし」
たけし「しかし漫才でもお客さんがだんだん増えましてですね」
きよし「そうですよね、うれしい」
たけし「お客さんってのは特徴ありますね」
きよし「なに」
たけし「大体、男は頭がバカね。女は顔がブスっていろいろ(聞き取れず)」
きよし「やめなさいよ! せっかく来てくれたんじゃないか」
たけし「しかし男はブスでもいいですよ、女のブスはどうしようもないですなあ、しかし。やっぱもうねえ、法律を作ってですね、ブスは殺したほうがいいですな」
きよし「いやいやいや、そこまで言うなお前」
たけし「ブスは外歩いちゃいけないとかね」
きよし「歩いちゃいけないって」
たけし「ブスは横断歩道歩くなとかね」
きよし「じゃあどこ歩く」
たけし「ブスはブスバッジ付けろとか」
きよし「なんだー、ブスバッジっての」
たけし「やっぱあれですよ、ブスになってまだ1年は若葉マークのブスマーク」
きよし「車の運転じゃないんだ!」
たけし「ブスは殺してもあの捕まらないとかね」
きよし「捕まるわ!」
たけし「ブス十人以上殺すとね、ハワイに行ける」
きよし「(聞き取れず)!」
たけし「そういうのはやっぱブンブンやらなきゃいかん」
きよし「やっちゃいけないよそういうことは」
たけし「こいつン家の、んー、あれ、姉さんなんか並のブスじゃないんですよ」
きよし「なんだ、並のブスじゃないって」
たけし「あんまりブスだって政府から補助金もらった」
きよし「政府がお金出すかそんなものに」
たけし「こないだ整形してやっと普通のブスになった」
きよし「待てこら。じゃあ整形する前どんな顔してたんだ」
たけし「しかしブスっていうのは、大抵女の子って二人で歩いてますと片っぽブスで片っぽいい女ですな」
きよし「ね」
たけし「ペアで歩いてる」
きよし「ペアで」
たけし「声かけてってね、『お茶でも飲みに行かない』って言うと、断るのは大体ブスね。『行かない行かない!』 大体、てめえが誘われてないってすぐ分かってるのが『行かない行かない、ねえ行かないでしょ行かないでしょ』って。後ろで綺麗なのが『行ってもいいわよ』、ガクッなんてのがありますけど」
きよし「しょうがないなあお前は」
たけし「しかしブスってのは猜疑心が強いですからね、人の紹介で来てもなかなか来なかったりし て」
きよし「そう」
たけし「『あら、待ちました? あ、あなた北野さんのお友達の、兼子さん?』」
きよし「『あ! あなた北野さんのお友達のタケ子さん』」
たけし「『お友達のヨシ子です』」
きよし「『なな、なんだそれ』」
たけし「『代打で来ました』」
きよし「『代打、野球やってるわけじゃないんだから』」
たけし「『今日はどれぐらい待ちました?』」
きよし「『えー、あ、まだ10分から15分位ですね』」
たけし「『嘘でしょ、2時間も待ってたでしょ』」
きよし「『あらどうして知ってるの』」
たけし「『私ずっとあそこで見張ってました』」
きよし「『見張ってるな! 出て来いよさっさと』」
たけし「『あらそうですか』」
きよし「『あのーハナ子さん』」
たけし「『はあ』」
きよし「『お仕事はなんですか?』」
たけし「『私三越で』
きよし「『三越』」
たけし「『西武の商品券売ってるんです』」
きよし「『ほんとのお仕事なんなんですか』」
たけし「『高島屋です』」
きよし「いい加減にしなさい本当に、無茶苦茶言うわしかし」
たけし「しかしですね、最近のテレビでまあ女の番組がずいぶん出てきますけども」
きよし「ねえ、女性の」
たけし「やらしいですねえ女の水着のとか、ヌ、ヌードとか、そ、そういうテレビばっかりだ最近は」
きよし「そう、多いですよ今そういうテレビ」
たけし「私はそういうテレビ一切見ないですから」
きよし「あ、見ねえの(聞き取れず)」
たけし「私が見るのはやっぱり、明るいね」
きよし「ほう」
たけし「スポーツ番組なんか」
きよし「あ、スポーツ番組いいですよ」
たけし「やっぱり女のプロレスとかね」
きよし「な、なにの?」
たけし「女子の体操ね。女子の水泳なんかなんとも言えませんな。あ、見えた! とかいろいろある (聞き取れず)あ、毛が! とか」
きよし「やかましいバカ、なにを」
たけし「腋毛じゃねえかこの野郎、お前。やっぱ体操なんか、今度、あのね、あのオリンピック無くなりましたけども」
きよし「そう、惜しかったですねえ」
たけし「あの、モントリオールのコマネチ」
きよし「あ、コマネ、あれは良かったですよ」
たけし「コマネチ! って。うん」
きよし「お前はしかし、そんなところしか見てねえのかこの野郎」
たけし「チャウ、ラフスカとか」
きよし「やめなさいよ」
たけし「ネリー・キムとか」
きよし「なーんだ(聞き取れず)」
たけし「その点、男だったらかっこいいですな」
きよし「男」
たけし「男はなんか、体操選手は男らしい。けんもつ(※堅物永三選手)、ケ・ン・モ・ツ。カ・サ・マ・ツなんてワハハハ。アンドリアノフ」
きよし「やめなさい」
たけし「ディチャー、チンなんて」
きよし「バカなことばっかりよくやるねお前も」
たけし「池田選手、情なくなって(聞き取れず)」
きよし「なんだこの野郎」