【連載】「視線の病」としての認知症 第10回「視線の病」に気づく text 川村雄次 (NHKディレクター)

執筆中のクリスティーンを取材

ロケはまずまず順調に始まったと私は思っていたのだが、実はそうではなかった。車に乗ってクリスティーン宅を離れると、撮影の南波友紀子が言った。「川村さん、これ続けるんですか?私は苦しくて仕方がありません。こんなものを撮って何になるんですか?」と。

「自分についてわかってもらおうと私たちを自宅に歓迎してくれたクリスティーンの家で、私たちは彼女の失敗探しをしている。一つ小さな失敗を撮影すると、もっと大きな失敗をしないかと待ち受ける。もうそういうロケをするのは嫌です。」

音声の吉川学も同調する。この、私より10歳近く年若い二人のスタッフの直言に、私は胸を衝かれた。言われてみればその通りだった。

その夜、ホテルの部屋に集まって、撮影済みのラッシュを見た。南波と吉川がいやだと言った気持ちがよく分かった。一度そう考え始めると、私もクリスティーンの家に行くことがとても苦痛で、とても行けない気持ちになった。「認知症の人の視点で認知症を撮る」なんて、何と思いあがっていたのだろう・・・。私たちの計画は、出発した直後に壁にぶち当たった。

明日からどうロケを進めればいいのか?私は、若い純粋な二人を納得させることが出来る確かな足場を求めた。そして、提案した。

「クリスティーンを認知症の人だと思うのをやめようではないか。確かなのは、46歳の時にアルツハイマー病と診断された一人の女性であり、彼女自身も家族もそのためにただごとならぬ苦しみを味わってきた。その9年間をしっかりと受け止めよう。実際に彼女が認知症でなくたっていいではないか。クリスティーンはクリスティーンだ。我々は、クリスティーンという世界中に一人しかいない人をドキュメントしているのだ。普通の人と違うから凄いのであって、一般化出来るはずがないのだ。彼女に起きていることを認知症一般におし広げて語り、ケアのマニュアル作りに役立てることは専門家に任せればいい。我々は、クリスティーンを理解すればそれで十分だ。」

この提案は初め、破れかぶれのやけくそのように受け止められた。「クリスティーンが認知症だということで企画が通っているのに、認知症を外して番組が成立するのか?認知症を撮らないなら何を撮るのか?」南波たちが反論する。だが、認知症の証拠探しをやめようということには賛成だった。

二人と別れて自室に入ると、色んな考えが次々に頭に浮かんできたので、それを日記に書いた。実際のところ、破れかぶれで口にした思いつきだったのだが、声に出して言ってみると、すっきりと見通しが開けてくる気がしたのである。壁にぶち当たった瞬間に考えたこと。勢いで書いているので、説明不足でわかりにくく、飛躍があり、やや長いのだが、そのまま書き写す。その時、私たちが見つけた「何か」が記録されていると思うからだ。

<私の日記より>

4月19日に日本を発ち、20日にオーストラリアに着いた。今日はロケ3日目。ようやくテープを回し始めた。
回し始めて困った。方針が立たないのだ。起こることをあれこれ撮るが、それをどう捉えるか。こちらの腰が据わらないから見えて来ない。困惑するようなことばかりだ。
事実をありのままに見ればよいのに、歪めて見てしまう。要は「痴呆」の既成概念や普通じゃないものを求めて、目の前で生きているクリスティーンやポールの思いに寄り添えていない。彼らをこちらの枠に従わせようとしてしまう。
どうも痴呆ケアの基本姿勢、テーマとしていわれてきたものが、彼らにあてはまるのかどうか、批評家的なスタンスが「例外」という気がして除外する日本の専門家たちの立場に近づいてしまう。

基本原則は、彼女がどんな症状を生きているかではなく、どんなchallengeをしようとしているかである。彼女はchallengeと言い、adventureと言う。それを軸に見ていく必要がある。どういう困難があるか、それはもちろん前提条件だ。だがその上で、それに対して、それを乗り越えて、どんな挑戦をするのか?

本人にきいても抽象的だろう。あるいはあまりに具体的だろう。

一つは、痴呆の人として希な言語能力を使って語ること。もう一つは、一人の妻として、母として、娘として、つまりは「普通の人」として生き切ること、そんな気がする。

彼女は時間の観念がないと言う。だが、彼女は頻繁にポールに時を尋ねる。「時間」とは、それを切り売りして金を得る社会生活に必要な観念だ。クリスティーンはそんなものは必要ないと言う。だが、彼女はしつこいほどに時刻を尋ねる。彼女もポールも社会の中に留まっていたいのだ。そういう、留まれる小さな「社会」を作り出してでも。

それがクリスティーンの現在の挑戦なのではないか?あるいは、それを忘れる、諦める日を受け入れていくことが?

そこをつきつめて考えてみる。

講演活動も執筆活動も一つの挑戦なのだと捉えてみる。

しかし、最初の挑戦は毎日のくらしなのだと思う。食べること、歩くこと、運転すること、そうした一つ一つを組み立て、一日一日を送っていくことが挑戦だ。

一日をそんな風に捉えてみよう。

ポールはそれを支えている。それを喜びとしている。

小澤医師の言う「ギャップ」を自ら抱え込むこと。重すぎるにしても。そういう崇高な姿としてクリスティーンを捉えること。

そのための補助具。 
(2004年4月22日の日記)

その日の日記はここで唐突に終わっている。

その時の私たちは、従来の医療やケアの専門家の視点に疑問を感じていた。認知症の人をあくまでも「何も分からない人」「お世話の対象」として見て、クリスティーンのように「話す人」がいると、「例外」とか「認知症ではない」と言って視界の外に置いてしまう。そういう専門家たちに、「見られる側の視点」をぶつけたいと考えていた。それで、「認知症の人の視点から見る」と言ったのである。ところがふたを開けてみれば、私たちもクリスティーンの言葉を素材にして、「認知症らしさ」を求めて、彼女を外から眺めているだけだった。これでは専門家と同じではないか、と愕然としたのである。そこで、もう一度彼女の言葉に立ち返って考えてみた。それが、challengeとadventureだった。

認知症一般について論じることは医療やケアの専門家に任せればいい。私たちドキュメンタリーの作り手は「クリスティーンの専門家」にまずなるべきなのである。そこから何を引き出すかは各専門家の力量次第である。私たちはまずクリスティーンについて深く広く知り、描くことに専念しよう。とりあえずそう考えてやってみよう。

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