【連載】「視線の病」としての認知症 第17回 社会が動くとき text 川村雄次

「視線の病」としての認知症 第17回 社会が動くとき (前回第16回はこちら) クリスティーンが声をあげたことでオーストラリア社会は変わっただろうか? そんな問いを投げかけたのは、「クローズアップ現代」のプロデューサーだ

【連載】「視線の病」としての認知症 第16回 長すぎる休日 text 川村雄次

「視線の病」としての認知症 第16回 長すぎる休日 (前回第15回はこちら)  前回は「なぜ声をあげたのか」について書いた。今回は、その声が忘れられた理由について書く。つまり、「なぜミッシングリンク(失われた環)になった

【連載】「視線の病」としての認知症 第15回 ミッシングリンク text 川村雄次

「視線の病」としての認知症 第15回 ミッシングリンク (前回 第14回 はこちら)   今回書こうと思うのは、 「ミッシングリンク」についてである。それはもともと生物進化の用語で、AがCになるには間にBがある

【連載】「視線の病」としての認知症 第14回 「認知症ケア」の夜明け text 川村雄次

クリスティーン、ポールと武田純子さん(2007年 札幌市) 「視線の病」としての認知症 第14回 「認知症ケア」の夜明け (前回 第13回 はこちら) 認知症という、不治で進行性の病を生きることにどんな希望があるというの

【連載】「視線の病」としての認知症 第13回 「目に見えない人たち」が姿を現す text 川村雄次

オーストラリア「認知症啓発週間」ののぼり(2008年シドニー) 「視線の病」としての認知症 第13回 「目に見えない人たち」が姿を現す 前回(第12回)はこちら 2008年9月14日の朝、私たちはブリズベン空港で成田から

【連載】「視線の病」としての認知症 第12回 新しい視線 text 川村雄次

エリザベスとクリスティーン  「視線の病」としての認知症 第12回 新しい視線 前回(第11回)はこちら エリザベス・マッキンレーから私たちが教えられたのは、「新しい視線」だった。それは、私たちが捉われていた「視線の病」

【連載】「視線の病」としての認知症 第11回「声をあげる人」と「聴く耳を持つ人」text 川村雄次

クリスティーンの話を聞くエリザベス・マッキンレー 「視線の病」としての認知症 第11回 「声をあげる人」と「聴く耳を持つ人」 【前回 第10回 はこちら】 2004年の2度にわたるオーストラリアロケの目標は、クリスティー

【連載】「視線の病」としての認知症 第10回「視線の病」に気づく text 川村雄次 (NHKディレクター)

クリスティーンとポール 「視線の病」としての認知症 第10回 「視線の病」に気づく 【前回 第9回 はこちら】 クリスティーンが帰国して半年経った2004年4月19日の夜。私は、2人のスタッフとともに成田空港の待合室にい

【連載】「視線の病」としての認知症 第8回 内側から見た認知症 クリスティーンが語ったこと text 川村雄次

松江での講演 「視線の病」としての認知症 第8回 内側から見た認知症 クリスティーンが語ったこと  前回<第7回>はこちら 2003年10月31日朝の関西空港。 私が認知症について作る初めての番組のビデオテープが回り始め

【連載】「視線の病」としての認知症 第6回「天国の待合室」にて text 川村雄次

クリスティーンと石橋典子さん 「視線の病」としての認知症 第6回「天国の待合室」にて <前回 第5回 はこちら> 2003年 2月23日。 この日、認知症の人の語る時代の扉が開いた。 その日の午前11時半、私はブリズベン

【連載】「視線の病」としての認知症 第5回 「その人」に会いに行く text 川村雄次

ブリズベンの街 「視線の病」としての認知症 第5回 「その人」に会いに行く <前回 第4回はこちら> 2003年2月22日、私はオーストラリアへと向かう飛行機の中にいた。夜9時半に真っ暗な関西空港を飛び立って、翌朝5時、

【連載】「視線の病」としての認知症 第4回「逆転の発想」が切り拓いた新時代 text川村雄次(NHKディレクター)

2001年 ニュージーランドの国際会議で発表した石橋さん 「視線の病」としての認知症 第4回 「逆転の発想」が切り拓いた新時代 (前回 第3回 はこちら) 認知症というのは、自分が自分でなくなっていく病気だと、多くの人が

【新連載】「視線の病」としての認知症 第1回 治らない病を生きる希望とは text 川村雄次(NHKディレクター)

連載を開始する川村雄次さんのこと 川村雄次さんの連載が始まった。川村さんは長年にわたってNHKで「認知症」に関する番組に取り組んで来られたディレクターである。その膨大な経験から、川村さん自身、「認知症」にまとわりつく数々