【Pickup】特集★山形国際ドキュメンタリー映画祭2013 ヤマガタもぎたてレポート[7日目:10/16 Wed.]

IMG_1483b最終日。大賞(ロバート&フランシス・フラハティ賞)を受賞した
『我々のものではない世界』マハディ・フレフェル監督


朝鮮、沖縄、福島、そして山形  佐藤寛朗

この日は台風26号が迫っており、山形でも朝から激しく雨が降っていた。おおかたのプログラムが終了し、閉会式のある今日は、何本かの特集上映を残すのみだ。市民会館前の広場は水溜りがいくつもできるようなひどい状況だったが、それでも朝から200人近くの人が集まっていた。

嵐をおして観た作品は、特別招待作品『ぬちがふぅー玉砕場からの証言–』(監督:パク・スナム)だ。昨年の完成以来、自主上映を中心に全国で公開されている。これが重厚で、映画祭の最後で、心に残る作品と出会った。

映画は“鉄の暴風”こと沖縄戦の生存者の証言が中心だ。前作『アリランのうたーオキナワからの証言』(1991)で明らかにされた朝鮮人軍属生存者の現地訪問の様子や、朝鮮人慰安婦の存在を織り交ぜながら、監督の視点は、1945年3月、米軍の上陸直後に慶良間諸島で起きた集団自決の問題へとフォーカスを合わせていく。2005年、この問題は軍命の有無を巡って訴訟となったが、カメラは自決の現場に居合わせ、軍命を聞いた、という老婆の証言を引き出している。

映画は沖縄戦のタイムラインにそって展開されているので、史実が頭に入っていると、わかりやすい。沖縄戦の実態、という意味では、既にいくつかの書籍で発表されている事実もあり、証言者の中には、名前に聞き覚えのある方が何人かいたのだが、映像で話を聞いたのははじめてだった。しかも極力、惨劇が起きたその現場で証言が引き出されている。そこに、この映画にかける監督の渾身の思いを感じた。

沖縄戦の証言に触れた映画は他にもいくつかあるのだが、『友の碑』(2003、監督:林雅行)という映画にあった衝撃的なシーンを思い出す。「白梅学徒隊」という、当時16歳で看護師として動員された女子学生たちの証言映画だが、米軍の馬乗り攻撃にさらされた洞窟(ガマ)の現場に、同級生と共に足を踏み入れようとしたひとりの老婆が、突然「私、怖い」と足をすくめ、証言どころではなくなってしまった。恐らくは、監督が何度も説得し、実現した証言シーンなのだろうが、カメラの前で突如展開された“心の傷”の発露に、沖縄戦の証言を記録することの難しさを垣間みたことがあった。それだけに、『ぬちがふぅ』の記録は大変貴重なものである。

『ぬちがふぅ』も、完成までに21年の歳月を要している。実際に、カメラの前でやんわり証言を拒もうとする生存者のシーンも挿入されている。この間、監督は何度も沖縄に足を運んだそうだが、何度も撮影を断られ続けた、という言い方もできるだろう。それでも記録が可能になったのは、朝鮮人軍属と沖縄の住民の交流、という日本(ヤマト)の周縁の人間同士が結んだ縁なのか…というのは穿った見方だろうか。ちなみに山形映画祭では、これまでも「沖縄特集」(2003年)と「在日特集」(2005年)で、ドキュメンタリー映画を通じた両者の問題を特集としてとりあげている。

IMG_0203bパク・スナム監督の質疑応答

その後、夕方の閉会式までは作品上映が無いので、ロビーで出会った友人と蕎麦を食べることにする。いつしか雨は止んでいた。山形に来て7日目、私もようやく蕎麦にありついた。店に入ると、安岡卓治さん(今回は震災特集『遺言––原発さえなければ』のプロデューサーとして参加)もひとり蕎麦をすすっていた。

福島に実家があり、ある作品の配給も手掛けるその友人との話題は、震災特集『Cinema with Us』の映画と、関連するシンポジウムのことだった。客の入りはどれも盛況だったが、問題を広く伝えたいとする地元の声と、作家性を発露しようとする作家の意識に、個人的には、少し乖離を覚えたという。現状でも地域によって大きな差のある「問題を知ろうとする」側への働きかけも含め、ドキュメンタリー映画で、震災に関連する問題の何が伝えられるのか。自身も問い続け、勉強していきたいと言っていた。

震災から2年半が経ったが、依然、この問題に対する関心は高い。一方で、問題の追及や告発だけがドキュメンタリー映画の役割ではない。今回、試写も含めて拝見した震災関連の作品からは、東京に暮らしていると分からないような問題の追求が進んでいると感じさせる一方で、『なみのこえ』(監督:濱口竜介・酒井耕)のように、新たな表現の誕生を予感させる作品もあった。東北では引き続き、様々な立場の人が、様々な視線で同じ土地を記録していく。その視線の乱反射から、一体何が浮かび上がるのか。震災関連の作品は「neoneo web」でも引き続きとりあげていく。

IMG_0205b山形市民会館そば「三津屋」の板そば

夕方、閉会式に顔を出す。

いつものことながら、受賞作品が発表されると、見逃した作品のことが気になる。特に、今年の私はあまり多くの作品を見ていないから、監督たちの受賞の感慨と、作品の感想がリンクできずに、もどかしい思いをするケースがほとんどだ。『ヤマガタin東京』や劇場公開で、再び巡り会えることを期待しよう。

晴れの場の舞台に立った監督たちは、思い思いのコメントを残す。その個性に触れるだけでも面白い。アジア千波万波部門の奨励賞を受賞した『怒れる沿線:三谷』(香港)は、応募作品中、いちばん長い310分の作品。チャン・インカイ監督は「小川紳介監督に深い影響を受けた作品」と告白していた。逆に、小川紳介賞を受賞した『ブアさんのござ』(ベトナム)は最短の35分の作品で、ズーン・モン・トゥ監督は、終始信じられない、という表情で「受賞のことは全く考えておらず、驚いている」と切々と話していた。

『オトヲカル』でスカパー!IDEHA賞を受賞した村上賢司監督は「山寺でスタッフ全員、受賞祈願のお祈りをした。ご利益がありますねえ」と明かし、会場を笑わせた。大賞であるフランシス・フラハティ賞にはレバノンの難民キャンプで育った監督の自伝的長編『我々のものではない世界』が選ばれ、マハディ・フレフェル監督が、その喜びを、パレスティナと日本との縁を交えながら語っていたのも印象に残った。

IMG_1437b授賞式。インターナショナル・コンペティションの審査員。講評を述べる足立正生監督

受賞結果は別頁に示したが、日本映画監督協会賞(『標的の村』(監督:三上智恵)だが、スペシャル・メンションとして『愛しきトンド』(フィリピン/監督:ジュエル・マラナン)が特別に選ばれた)とスカパー!IDEHA賞(『オトヲカル』(監督:村上賢司)と『うたうひと』(監督:濱口竜介・酒井耕))に関しては、複数作品の受賞となった。

日本映画監督協会賞の審査委員長・原一男監督は「審査委員が5人いて評価が真っ二つ、ということは、本当に0.5票ずつ入れたい、と言った人がいた」と冗談混じりに話していたが、評価が割れるということは、選考過程の激しさの裏返しでもあり、ひとつの文脈に回収し難い多様性が、ドキュメンタリー映画にあることの証拠でもある。ちなみに、スカパー!IDEHA賞の賞金100万円は、仲良く半分ずつ山分けだと『うたうひと』の酒井監督は話してくれたが、トロフィーはどうするのだろう。

IMG_1353b    日本映画監督協会賞 スペシャル・メンションの『愛しきトンド』ジュエル・マラナン監督

その後、中央公民館に隣接するホテルで開かれたさよならパーティーが開かれた。ここは監督、スタッフ、ボランティアが入り乱れ、互いの労をねぎらう場となっている。出された食事は、あっという間に無くなってゆく。

会場の片隅で、取材でお世話になった『Cinema with Us』の小川直人さんや『ヤマガタ・ラフカット』のコーディネーター・橋浦太一さんと挨拶を交わす。今回の新企画『ヤマガタ・ラフカット』は、作家の映像だけでなく、会場の進行も終始・試行錯誤の状態が続き、これまで担当したどのプログラムよりも「終わらないモヤモヤ感」が続いている、と橋浦さんは話していたが、その隣ではラフカットの参加作家たちが、すっかり意気投合し、談笑していた。

彼らはお互いの映像の討議の場に毎日顔を出すなど、この企画に大きな刺激を受けたようだ。私もまた、『ヤマガタ・ラフカット』に参加できない日は、髙橋亮介さんや田中圭さん、池田将さんといった参加作家から当日の様子を香味庵で聞くのが楽しみとなっていた。観客の側の参加者にもリピーターが多く、「場」からはじまる映画作り、という試みとしては、ひとまず成功、といえよう。今回、彼らが受けた刺激が2年後、4年後の山形に作品となって還ってくれば、「ラフカット」の意義はより明確となる。ぜひ、継続をお願いしたい企画である。

IMG_1601bさよならパーティー。乾杯の発声は市川昭男山形市長 写真を撮るのは崔洋一監督(右)

深夜、香味庵がはねたあと、今回「ヤマガタもぎたてレポート」に『オトヲカル』評を寄せて下さった森宗厚子さんと合流し、味噌ラーメンをすする。毎年6月にドイツで行われる映画祭「ニッポン・コネクション」のコーディネーターに就任した森宗さんは、いくつか具体例を挙げながら、今回、上映された日本の作品に独自の分析を加えていた。その分析の先に見据えているのは、日本のドキュメンタリー映画の未来と可能性だ。

森宗さんの話に耳を傾けながら、私もまた、今回の山形国際ドキュメンタリー映画祭で受けたたくさんの刺激を、自分の感動の余韻というよりは、ドキュメンタリー映画の今後に開く形で伝えたい、という衝動に駆られた。紹介したい議論や作品はいくらでもある。「neoneo web」にとっても、山形映画祭の終わりは、次の一歩のはじまりなのだ!

冷え込んだ山形の夜道を歩くうち、そのような大きな連想は「早く次の原稿仕上げなきゃ」という現実的なプレッシャーへと切り変わっていったのだが…

IMG_0193b                    香味庵は最後まで大賑わい


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