2017年 『恋とボルバキア』(5)
―結局は、お互いに何を作ってきたか
港 そういう意味では僕の仕事は、彼女と登場人物たちとの関係性で紡がれた物語の下支えだったんです。従来のセオリーからすればこうである、と当てはめれば途端にその表現を嘘にしてしまう人たちなので。
今はもう、複雑なことをシンプルな形に収斂させていく作り方はやめようよ、と思っているんですよ。ドキュメンタリーでもフィクションでも。
作り手側は「これだと分かりにくいのでは」とすぐ心配しますけど、見る側の情報処理能力は作り手が考える以上に高くて、ちゃんと複雑さを受け止められるんじゃないかという気がします。例え分からなくても「何かが残るでしょ」と言いたいし、「いや、実際はそんなに分からなくもないでしょ」とも言いたい。
――そのテーゼだと、作り手が作り手として本当に物を言うところは技術や才能、知識よりも、ふだんからの生き方だ、ということになると思うんです。例えば昔の脚本家は旅館に詰めて共同脚本を書く際、まずは飲んでとことん互いの来し方を話し合ったと聞きます。二人はどうでしたか?
港 散々話はしましたね。喧嘩もしたし(笑)。
小野 そうそう。ただ、現場に行って出演者と会っているのは私だけなんで、そこが特殊だったかな。素材の面白さを優先して物語を作っていく作業との間の緊張感というか……。たまに、みひろちゃんに構成打ち合わせに来てもらって、港さんと不意打ちに会わせるようなことはやりましたよね。
――それは、何かの効果を狙って?
小野 まあ、奇襲攻撃的な。
港 そういうことをするんですよ(笑)。ダレさせない戦略をいつも立てている。
小野 取材対象者に、こっちも覚悟を持って作っているよと見てもらいたい気持ちもあったんです。
でも港さんに対しては、ふつうの仕事の意味での構成作家だとは私は思っていないかもしれない。
港 うん。小野組だから呼ばれる人ですよ。だって他の座組で脚本じゃなくてドキュメンタリーの構成をやれと言われたら、僕は多分出来ないですもん。
――おそらく、小野さんが港さんに求めたものは、プロフェッショナルな素材の交通整理ではなく、自分の生き方をしている人の考えが欲しいってことだと思うんだけど。
小野 そうです。『アヒルの子』を丁寧に捉えてくれた人だから、安心して次を委ねられた。
――実は僕、『結び目』の時に港さんに絡んだことがあるんです。「お前が私を作った」なんて生硬いセリフ、書くもんじゃないよって。
小野 『イサク』の時の私みたいだ(笑)。
――それが『蜜のあわれ』(16)の「お前は私の筆の中から生まれた」になり、『あゝ、荒野』で、互いの中に自分を見つけた者同士が拳を交え合うメインテーマとして描かれるまでになった。これにはもう、完全に白旗を上げたんです。
ドキュメンタリーの構成は、映画の脚本ほどは役割が見えにくいものだけど、『恋とボルバキア』は骨太く物を作る人が入っただけの映画だと思いますよ。そうじゃないと、主要人物を8人も出して全員にキャラクターを立たせるのは難しかったんじゃないかな。
港 うーん。構成の仕事って客観視することだと思うんです。僕にどこまでそれが出来たかというと、分からないですね。
――さっき小野さんは、港さんの参加に化学反応を期待したと教えてくれました。また、同じスタッフで組み続けたい意味も。一方で、信頼関係が濃くなるほど互いの思考回路が読めて、発見が弱くなる可能性もある。その時は?
小野 次にまた組むかどうかは分からないです。そのたび、一から全部リセットです。もう小野とはイヤだなと思っているかもしれないし。
港 『原発アイドル』の時から毎回思ってるよ!(笑) 大体、企画自体が化学反応ですからね。この題材だと誰が作れば面白い、誰と誰が組めば……となっていくもので。
脚本家は、呼ばれたらどんな監督とでも寝る、が身上の仕事なんですよ。だから、彼女が次に他の人と組んでも全く気にならないし、呼ばれたらキツくても面白くなるのは分かってるから光栄だと思う。それだけです。
――いいですね。友達とも仲間とも違うけど、いろいろ言い合える関係。
港 『アヒルの子』があるからですよ、やっぱり。あれを作った人だってことが無かったら、僕はもう少しクールな対応になっていた。人柄とか仲が良いからという理由より、何を作ってきたかで組むほうがピリッとすると僕は思っています。
彼女とはふだん、一緒にゴハン食べに行くなんてこともないし。
小野 うん、それは100パー無いね(笑)。
『恋とボルバキア』より
【プロフィール】
監督・撮影・編集
小野さやか(おの・さやか)
1984年生まれ。映画監督、テレビディレクター。2005年、日本映画学校の卒業製作作品として、原一男製作総指揮のもと、自身と家族を被写体にその関係を鮮烈に描いた長編ドキュメンタリー映画『アヒルの子』を監督。家族の反対にあい、許可を待ち、2010年に劇場公開。ディレクターとして、フジテレビNONFIX「原発アイドル」(12/第50回ギャラクシー賞奨励賞受賞)、「僕たち女の子」(13)などを演出。その他、映画『隣る人』(12/刀川和也監督)に撮影として参加、『道頓堀よ、泣かせてくれ! DOCUMENTARY of NMB48』(16/舩橋淳監督)に助監督として参加。テレビ番組製作の傍ら、ドキュメンタリー映画の製作を続けている。
構成
港 岳彦(みなと・たけひこ)
1974年生まれ。脚本家、シナリオ作家協会所属。98年、『僕がこの街で死んだことなんかあの人は知らない』でシナリオ作家協会主催大伴昌司賞受賞。主な作品に、『イサク(DVDタイトル「罪tsumi」)』(09/いまおかしんじ監督)、『結び目』(10/小沼雄一監督)、『百年の時計』(12/金子修介監督)、『私の奴隷になりなさい』(12/亀井亨監督)、『蜜のあわれ』(16/石井岳龍監督)、『あゝ、荒野』(17/岸善幸監督)など。小野さやか演出作品ではフジテレビNONFIX「原発アイドル」「僕たち女の子」に構成として参加。共著書に「女優・林由美香」(洋泉社)、「90年代アメリカ映画100」(芸術新聞社)ほか。
【映画情報】
『恋とボルバキア』
(2017年/日本/94分/HD/16:9/ドキュメンタリー)
監督・撮影・編集:小野さやか
出 演:王子/あゆ/樹梨杏/蓮見はずみ/みひろ/井上魅夜/相沢一子/井戸隆明
プロデューサー:橋本佳子/熊田辰男/森山智亘
構 成:港 岳彦
撮 影:高畑洋平/髙澤俊太郎
本編写真は全て©2017「恋とボルバキア」製作委員会
ポレポレ東中野にて公開中、ほか全国順次公開
1/6−19は『アヒルの子』も併映
愛媛:シネマルナティック(1/3−19)
大阪:第七藝術劇場(1/13―)
愛知:名古屋シネマテーク(1/20-)
宮城:チネ・ラヴィータ(1/20-26)
最新情報は公式サイトにて http://koi-wol.com