【鼎談】クリス・マルケル特集上映記念『レベル5』をめぐって  越後谷卓司×渡辺真也×金子遊

『レベル5』

マルケルを研究する

越後谷:
マルケル監督の影響といった点で言うと、金子さんの『インペリアル』という作品も、本日ちょっと流して頂けるということですけれど、冒頭からそれが濃厚に伝わってくるという印象で、こういう本(『クリス・マルケル 遊動と闘争のシネアスト』)を作られたのも、金子さんのお力でした。まず、いつどういう形でマルケル監督の作品をご覧になって、どんな風に影響を受けたのか?といった質問を考えてみたら、伺ったことが無かったんじゃないかと気がするんですけど。

金子:マルケルの上映があれば必ず見ていましたが、21世紀になってからDVDなどでクリス・マルケルの映像作品が観られるようになって、逐一購入していきました。今ちょうど、渡辺さんからお話があったマルケル監督がお亡くなりになったところまで話題が進みましたので、マルケル監督が亡くなって以降を振り返ってみましょう。2012年7月29日に、マルケル監督は自身の誕生日と同じ日に91歳で他界されました。日本では何が起こったかというと、2013年10月の「山形国際ドキュメンタリー映画祭」で40本近い、それまで日本で上映されたことがない大々的なレトロペクティブ上映が行われました。それに合わせて僕たちが出している「ドキュメンタリーマガジンneoneo」という雑誌の3号で、クリス・マルケル特集を作って山形で販売しましたね。

そうしたら、山形でプログラミングをなさっていた港千尋さん、小野聖子さん、東志保さんらとの出会いがあり、意気投合して、この勢いでマルケルの本を作ってしまおう、ということになりました。森話社の五十嵐健司さんという編集者がノリノリになったこともあって、2014年の11月に『クリス・マルケル 遊動と闘争のシネアスト』という論集の形で出版することができました。その本のなかで、越後谷さんが『レベル5』について書いています。その後、2015年7月29日にマルケル監督の命日に、アテネ・フランセ文化センターの松本正道さんの音頭で「クリス・マルケル・セレクション」の特集上映を企画して、6日間で8本の映画を上映してシンポジウムをやりました。そのときに、渡辺さんも上映を観にきて下さったというご縁もあります。そのセレクション上映のときの目玉が、『美しき五月』の日本語字幕付き上映でしたが、『レベル5』の上映ができなくて、もやもやとした気持ちになったのは覚えています。だから、今回は渡辺さんのご努力で、こうした形で上映できて本当に良かったと思います。

わたし自身はここ数年、クリス・マルケルの研究をしたり、論文を書いたりして、日本におけるクリス・マルケルの紹介を行なってきたのですが、物書きをする傍らで個人的にも実験映像やドキュメンタリー作品をつくっていて、その何本かがクリス・マルケルの作品を研究して、そのスタイルを模倣することで成立している面があります。ですので、今日は研究者目線というだけでなく、渡辺さんと一緒にクリス・マルケルが残した映像作品やその遺産を、次の世代の人たちがどのようにクリエイティブに継承していく可能性があるか、マルケルから刺激を受けて作品をつくることが可能かどうか、そういった観点からお話ができたらいいなと思います。

越後谷さん、今日(本日)、ご覧になって如何でしたか?


越後谷:山形で観たときに僕が、何がこの作品ので一番衝撃的だったか?ということを言いますと、先ず題材ですよね。沖縄戦を題材にして居る。だけど、沖縄戦を直接描くのではなくて、沖縄戦を題材にしたテレビゲームを製作するという、そのアイディアと云いますか。多分、沖縄で上映した時に反感を買うというのは、そういう部分だと思うんですけれど、ある種の直接的な表現ではなく、間接的に沖縄を語って行くという。作品はそこに留まらずに、もっと記憶や忘却といったクリス・マルケルが『ラ・ジュテ』など他の作品でも一貫して扱っているテーマの中のひとつの、かなり踏み込んだ内容に進んで行くというのが、非常に面白いと云いますか。なんと言うんでしょうね?一種の知的な思考の旅にハマって行くような、そういう作品ですよね。

ただ僕自身、昨年の11月に名古屋で上映したんですけど、多分、今の政治状況とかも影響して居ると思うんですけど、やはり沖縄の普天間の問題とかをがクローズアップされていて、我々は沖縄の現実というものを、やはり知らなかったという事が、かなり私自身の反省点としてあるものですから。沖縄戦がどの様に展開して行ったかということすら、私は知らなかったんだ、という事をですね、名古屋で上映した際に非常に強く感じて、その部分に引っ張っられて観てしまったんですね。だから、作品の構造よりも取り上げられている題材に目が向いたという点で、沖縄で上映された時に沖縄の方々が体験したような状態と近い感じで、僕はその時観たんだと思います。今日、更に時間をおいて観て、環境が変わっていますから、今日はもう少し客観的に観れましたね。

作品の全体の構造が、もう少し見えてきた。ただ今回、渡辺さんが字幕を作られていてとても苦労なさられたと思うんですけど、物凄く情報量が多くて、字幕にすればボイス・オーバーに比べて、理解しやすくなるんじゃないか?と思ったけれど、実はそうではなく、やはり、まだまだ歯が立たないというか。金子さんの本に書いたのも、そこらへん、私自身も非常に、この作品にどう立ち向かって行ったらいいのか?ということで苦労して、メディア・アートという部分にひっかけて書いてるんですよね。

クリス・マルケルって映画監督であるとともに、所謂、ビデオ・インスタレーションの様な作品も作っていて、メディア・アーティストとしての側面でもの評価もある方なんですよね。

そういう部分からアプローチして、この本の時には、なんとかそれで一つ答えを出したかなぁというつもりではあったんですけれど、アテネ・フランセで上映すると、今日、完全に一本の映画として観てますから。まだまだ、これは今回で終わりではなく、もっと上映の機会を作ってですね、どういう形になるのかわからないですけれど、そういう必要があると思ったんですけどね。

金子:越後谷さんは、ナムジュン・パイクのヴィデオアートやゴダールの映像編集と、クリス・マルケルの『レベル5』における編集とを比較して論じていました。これは非常におもしろい視点です。
それから、今まで僕は『レベル5』を英語字幕で観ることが多かったので、字幕の方を見ていると映像を見ていないことがあり、逆に映像の方に集中していると、物語やダイアローグがわからなくなってしまうということがありました。だから今日は、日本語字幕があって助かりました。じっくり映像を観られました。渡辺さんは、実際に字幕をつけていく作業のなかで新しい発見はありましたか?

渡辺:字幕をつけて居て思ったのは、まず、気持ちが悪くなりましたね。というのは、やはり集団自決の話をする中で、ある種ストーリーの中に自分が没入して行く訳ですよね。先程の話しと繋がるんですけれど、マルケル監督の「I had a very strange experience in Okinawa」という言葉なのですが、私、この沖縄の展覧会を行なった後に、渡嘉敷島を訪ねて、集団自決の場所に行ったのですが、そこも行く前に色々と注意されるんですよ。「こうしちゃいけない」とか「色んな人がこう言うぞ」とか。本当に色んな話しがあって。私が個人的に体験した「ストレンジ・エクスペリエンス」というのは、まず「帰って来たら必ずお清めをしてください」と言われるんですね。今、私は奄美大島で映画を撮っているのですが、必ず、神さまがいる場所へは、スタッフ全員でお清めしてから入るんですけど、そういうことを知らなかった。それで集団自決の場所へ行って、帰って来たあとに「そう言えば『お清めをしなさい』と言われていたな」ということを思い出して、ご飯を食べた後に食塩で肩をぱっぱと祓ったんですね。その後に本物の恐怖体験をし他のですが、それは夢の中で体を切断されるというものでした。左脚を切られたんですね。よく、寝ていて夢かどうかわからない場合「頬っぺたを抓って痛くなかったら夢じゃない」って言うじゃないですか。よく憶えているんですけど、午前2時に目が覚めて、私は、金縛にあって、まったく体が動かなくなっていて、左脚が夢で切断されて、脚はあるんですけど痛くて、苦しくてしょうがないんですよ。それで気が狂いそうになって。その時に「あの食塩、脚にもかけておけば良かった。お清めがたりていなかったんじゃないか。」


金子:何か踏んじゃいけないものを踏んだんじゃないですか? きっと左脚で。

渡辺:これ、編集していて出てこないんですが、「Soul Odyssey」でも日本人の収容所の跡地とかに行くと、そういうことがあって。

金子:『レベル5』にも、そのようなエピソードがありましたよね。集団自決の場所が聖地になっていて、現代の人たちはそこで何があったかという歴史を知らなくても、自然とお祈りをする場所になっているという。

渡辺:あれは、集団自決があった場所ではなくて、摩文仁の丘の自決があった場所ですね。そこは大日本国帝国を懐かしんでいるわけではないけれど、それが何を意味するのかというマルケル監督の問いが出て来る、ということですよね。

私は、マルケル監督の「I had a very strange experience in Okinawa.」という言葉を通じて、彼は足跡を残してくれたんだけれども、勿論、彼は何があったのかは言わない。それで私は『レベル5』の意味を恐らく最も深く理解した人間の一人だと思って居るので、直接彼と話をしたかった。


金子:なるほど、『レベル5』の意味について渡辺さんのお話を聞きたいですね。

越後谷:単純に言うと、『レベル5』の難易度を、ということだから、そうではないと思うんですよね。

渡辺:そうですね。こちらのクリス・マルケルの本を拝読して多くのことを学んで素晴らしい本だな、と本当に思ったんですけれど、一点だけ、私は美術のキュレーターとして活動して来て、上手にマルケル監督の表現をすくいとれていないんじゃないかな?と少し感じるところがあったので、折角なのでそれを話させて下さい。

金子:その前に、僕の『レベル5』に関しての感想をいわせて下さい。


渡辺:お願いします。

記憶についての映画

金子:僕が『レベル5』を何度も観て感心するのは、物語の構造がすごい複雑なんだということです。今日ご覧になったみなさんも、1回や2回観ただけでは中々、この映画の全貌はわからないのではないでしょうか。カトリーヌ・ベルコジャが扮するローラという主人公の女性は、フィクション上の人物でありますが、クリス・マルケルは彼女にローラという名前をつけている。これは1944年につくられたオットー・プレミンジャー監督の『ローラ殺人事件』という映画から来ています。冒頭でローラが死んでしまって、そのあと刑事が捜査している間に、ローラと関係していた男たちが次々に出てきて、ローラという女性のことを過去形で思い出していく。いわば記憶の映画なんです。クリス・マルケルは『ローラ殺人事件』から、「映画における記憶の扱い方」というテーマにおいて大きな影響を受けているんですね。だから『レベル5』のヒロインの名を「ローラ」としたわけです。

それとは別に、この『レベル5』のなかでは、明確なかたちで説明されないんだけれど、ローラには恋人の男性がいて、どうやらその二人が日本に行ったり沖縄に行ったり、一緒に旅をした過去の経験があるらしい。そこに、クリスという3人目の人物が一緒にいて、ヴィデオを回していたことがあった。そのようなことが、会話の端々や映像の引用からわかるわけですね。ところがフランスにもどってから、その恋人が死んでしまったらしく、いまローラが映画内でやっていることは、その恋人の男性がつくりかけていた沖縄戦のゲームを、作業場のアトリエのような空間で完成しようとしている。

時系列としては、西暦何年のことかわかりませんが、ときどき「11月○日」のようにローラのビデオ・ダイアリーのような形式で日付が出てくるので、どうやら9月から11月までの3カ月くらいの期間を『レベル5』という映画は扱っている。カトリーヌ・ベルコジャは自分にヴィデオカメラを向けながら、ヴィデオ日記というような形で自分自身を撮っています。これは、現代のスマートフォンを使ったインスタグラムの「ストーリーズ」を先取りするような方法ですね。クリス・マルケルが撮ったSF的な映画の要素が、現代社会において実現されていることからも、彼の先見性がうかがえます。それで、ローラはコンピュータ・ゲームをつくっている。マルケルに『イメモリー』という色々な写真作品や映像作品を、ゲーム的なインタラクティブな形式で鑑賞できるCD-ROMがありますけれど、ゲームというよりは90年代にあったCD-ROMのことを想像すれば、『レベル5』のなかでローラがつくっている「ゲーム」の実像が想像しやすくなるかもしれません。

それで、ローラが沖縄戦に関するゲームに収録するための映像が、さまざまに引用のようなかたちで登場します。たとえば、大島渚が撮った対馬丸に関するテレビ番組なんかも出てきますよね。それは引用ですが、過去の映像に関しては、それがローラの記憶であるのか、亡くなった恋人が撮ったフッテージなのか、クリスという人物が撮った映像なのか、その位相(レベル)がわからないようになっている。あるいは、あえてそれらの映像を複数の文脈でとらえられるように編集してある。ひとつ一つの映し出される映像が位置している「レベル」がわからなくなり、『レベル5』を観ているうちに自分がどこにいるのかわからない、記憶と映像の迷宮のなかに入りこんで行くような感覚があるんですね。そのようなさまざまな種類の映像が織りなされるなかで、ローラがカメラの方をむいて、いろいろなエピソードを話したり、彼女自身の考えを話したなり、ときには感情をあらわにしながらつぶやいたりする、という形で映画は進行していく。まず一つは、そのような映像のレベルと物語の構造をつかんでおかないと、どうにも自分がいま何の映像を見ているのかさえわからなくなる、そんな複雑な映像のテクストになっています。

それから『レベル5』というタイトルになっている、物語の内容における「レベル」の問題があります。カトリーヌ・ベルコジャが扮するローラは、レベル1は○○主義者やアナーキストといわれている人たちで、レベル2はそれに批判精神を持っている人たちだと説明します。どうやら、亡くなった恋人とふたりで、そうやってまわりの人たちを分類する言葉のゲームをやっていたんですね。それで、レベル5は何かというと、ふたのなかでは到底ふつうの人ではたどり着けない場所としてあったらしい。そこを踏まえると、それまでローラがヴィデオカメラの方を見つめながら語っている行為が、ヴィデオ日記をつけているだけではなく、それと同時に、亡くなった恋人にむけて話しかけていたことがわかってくる。

『レベル5』という映画の少しSF的な世界観を持った設定では、OWL(フクロウ)と呼ばれるインターネット上にあるセカンドライフのような仮想空間があって、そのなかにマスクをつけたり、自分がアバターの姿をして、世界中の知らない人たちと会話をすることができるようです。どうやら、恋人が亡くなったあと、ローラはそのOWLという仮想空間にはまって、夜な夜なそれをやっているらしい。ローラはヴィデオカメラに向かって話しかけますが、どうも映画の最後の方になってくると、彼女が亡くなった恋人に対する喪の仕事をやっていることがわかってくる。亡くなった人に対してしなくてはならないことをしているんですね。ところが、ローラと恋人のあいだの言葉のゲームでは、レベル5というのは、生きている人にはたどり着けない場所として定められていた。むしろ、人間の肉体みたいなものがなくなってしまって、
Webやヴァーチャル・リアリティやゲームなどの仮想空間のなかに張りめぐらされたネットワークのなかに、魂だけが幽霊=ゴーストのような状態で入りこんでいくことだ、と。

クリス・マルケルが撮った『ラ・ジュテ』という作品に、『攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL』を撮った押井守という監督はすごく影響を受けました。その押井守の『GHOST IN THE SHELL』のなかの世界観を比喩的に使えば、この映画のなかで「レベル5」といわれているものは、近未来的な設定の『GHOST IN THE SHELL』において、人間の脳が直接的にネットワークとつながっているような状態のものです。人間の肉体は合成品によって交換可能となった世界のなかで、人間の魂や記憶というものがゴーストのような存在になった状態、つまりサイバーパンク的な世界観にきわめて近いものなのではないか。恋人は肉体を失って死んだのではなく、ローラは恋人の魂が「レベル5」に行ってしまったと考えているように見えます。というのが、僕の『レベル5』に関する読解です。渡辺さんが、この映画をどんな風に観ているのか、うかがうのが楽しみです。

渡辺:今、「ラ・ジュテ」の話しが出たので、私がこの本で気になったのは「ラ・ジュテとは何なのか?」「サン・ソレイユとは何なのか?」「レベル5とは何なのか?」といった問いが無かったことです。このタイトルの持つ意味を、私は考えて来ました。マルケル監督は作品のタイトルに、かなり意味を持たせる作家です。それが非常に暗号めいていて、かなり理解するのが難しいという傾向にあります。それは割愛させていただいて、「ラ・ジュテ」の話しをしますと、「飛行台」という日本語訳をつけられることが多いんですが、「跳躍」といった意味があります。ジュテを英語にするとJettyになりまして「突堤・防波堤・桟橋」といった意味を持ちます。私は、現代美術には取り組んでいたのですが、「Jetty」という言葉で一番はじめに思い浮かべるのは
…

金子:スパイラル・ジェッティ。

渡辺:そう、ロバート・スミッソンの「スパイラル・ジェッティ」という、ユタのソルトレイクに浮かんだ、渦巻き状の桟橋の作品です。これは、塩分濃度の高い池に渦巻き状の彫刻作品が浮かんでいて、塩がそれ自体にくっついて彫刻自体が変わって行く、という1970年に作られたランドアートの代表作です。スミッソンは、自然とか環境をとても考えていたのですが、恐らくスミッソンにとってのソルトレイクは羊水のイメージで、「スパイラル・ジェッティ」のスパイラルとは、母胎に繋がった臍の緒のイメージだと思うんですね。そこで『ラ・ジュテ』を観ていると、飛行台にいる女性のイメージに取り憑かれた男性がタイムスリップをして、その女性に会いに行くのですが、そこで出会った二人は何処でデートをするか?というと、博物館の中なんですね。そこは、死に絶えてしまった動物が居たりして、あたかも霊長類が生まれる迄の進化の過程をなぞるかの様な物語の構造になっています。

単細胞生物から多細胞生物が生まれたのは約10億年前でして、単細胞生物は単なるコピーなんですが、多細胞生物というのは、新しい肉体がコピーではなくて、異性との重なり合いから生まれて来ます。その時に生じるのが、性の概念と、生と死の概念ですね。静止画だけで綴られているこの映画なんですが、一箇所だけ女性のイメージが動画になるシーンがあります。それはベットの上に横たわっている女性が、まばたきをするシーンなんですね。これを例えるのであれば、私の恋人であって、私の母の姿でもあって、また、少年だったプルーストが日曜日に目が覚めると、毎朝、紅茶にマドレーヌをひたして差し出してくれたレオニー叔母さんのベットルームの姿だったと思うんですね。つまり永遠に女性的なるもの、とゲーテが言うような女性像というのを、マルケル監督は「スーパーリミナル」という言葉で表現していて、それはサブリミナルではなくて、ある一瞬の女性の姿に心奪われてしまう、それをマルケル監督は愛と呼んでいます。

それで、この記憶とか、マドレーヌをくれたプルーストの叔母さんといった記憶をもとに、ヒッチコックの『めまい』という映画のヒロインの「マデリン(マドレーヌからの引用)」が生まれて、だからこそマルケル監督は、ヒッチコックの『めまい』から引用した年輪のイメージを入れた。と思うんですね。

金子:普通に考えると、『ラ・ジュテ』のなかでエレーヌ・シャトランが朝に目を覚まして、目をぱちくりするシーンだけが動画になっているのは、佐藤真さんが『ドキュメンタリーの修辞学』のなかで書いてますけど、すべてが写真で構成された作品にみえるけれども、実は動画から切りだした一枚一枚の写真を配置している箇所もあるんだよ、とマルケルが観る人たちに知らせるためにつけている。そして、またマルケル自身の言葉でいえば、完璧に構成された作品のなかに、作者が不完全な部分をわざとつけた傷という面あると考えてしまいます。ですが、それだけではなくて、もう少し文学的・哲学的な読みこみ方を渡辺さんはなさっているのでしょうか。

渡辺:私は、これは意識の問題だと思ったんですね。意識というのは時間の流れのことです。だから時間の流れ、というのは意識のことなんです。だから、これはデリダが作った差延という言葉で表現される、現代思想の最難関ですね。つまり、存在からはじまった時に切り離されてしまう連続性を考えて見て、ようやくジュテの意味がわかるんですね。これは死者の魂が死の瞬間に体外へと抜けていく、魂の発射台であって、そして男性器と女性器が合わさる時に出てくる桟橋であったり、射精と受精であったり、細胞分裂と死であったり、つまり、仏教で言うところでいう十二縁起をテーマにしたものが「ラ・ジュテ」という映画である、と私は考えて居ます。

金子:おもしろいですね。

渡辺:「サン・ソレイユ」というのはフランス語で、サンはwithout、ソレイユは太陽ですね。「陽の光もなく」と訳されますけど、これはムソルグスキーというロシアの作曲家の連作歌曲のことです。連作歌曲とは、次があることを想定して、どんどん進んで行く楽曲ですけれど、この映画は、その構造に従って、日本とギニア・ビサウのイメージが、どんどん展開して行きます。マルケル監督は、ムソルグスキーの楽曲について2つ作品を作っています。ひとつは『サン・ソレイユ』もうひとつは『Pictures at an exhibition(展覧会の絵)』というヴィデオ作品です。ムソルグスキーは、死んだ友人の画家の展覧会に行き、会場に入ってプロムナードを通り、作品の前に立って作品を見ていくという、第10章からなる曲『展覧会の絵』を作曲しているのですが、途中から絵画の中の世界に入って行くんですね。これプログラム・ミュージックと言って、10章のうち5章と5章が鏡の関係になっていて、どんどん入れ子状に音楽が発展して行くという、極めて重要な芸術作品なんですけれど、マルケル監督は、この「展覧会の絵」という、彼の遺作に近いものなんですが、インターネット上で『Pictures at an exhibition』とクリス・マルケルで検索すれば、誰でも観られるんですが、自分の遺作展をヴァーチャル空間に設置して居て、そこにアルヴォ・ペルトの『鏡の中の鏡』という音楽を重ねることで、ムソルグスキーの解釈をしています。ムソルグスキーの『展覧会の絵』を元に、アニメーションを1966年に作ったのが手塚治虫で、その手塚治虫の『展覧会の絵』の為に、シンセサイザーによる音楽を作ったのが冨田勲です。そして冨田勲が、同じくムソルグスキーの『サンレス』という連作歌曲を演奏しているのが、『サン・ソレイユ』という映画です。では何故、マルケル監督は『サンレス、『日の光もなく』というタイトルを、1982年の日本を舞台にした映画につける必要があったのか?ということを考えなくてはなりません。当時の日本は戦後復興を成し遂げてバブル経済に差し掛かろうとする頃でした。

『サン・ソレイユ』は英語版で観た方がわかりやすいと、私は考えていて、英語版だととても印象的なのが「Japan you won!」という台詞が出て来て、ゾッとするんですね。これは未だ敗戦国だと思われていた当時の日本は、資本主義を謳歌する様になっていて、それに対してマルケル監督は「日本、お前は勝利した!」と言っている訳です。しかしその作品のタイトルに、敗戦後アメリカから民主主義を与えられて、そして日米安保を結ばされて、更に太陽神の末裔である天皇を日本の象徴とする象徴天皇制の下で繁栄を遂げた健忘症国家に対する、マルケル監督のメッセージが込められていた。『サン・ソレイユ』というのは連作歌曲で、サークルと呼ばれるのですが、そこには出口がなくて、その後、ムソルグスキーは死んでしまうんですね。


金子:それは、強い皮肉にもなっているということですか?

渡辺:
そうです。

金子:戦争には負けたが、戦後の復興のなかで「日本が経済大国になった」という文明批評が入っているんでしょうかね。

渡辺:両方だと思いますね。だからこそ、成田闘争のイメージが、「同じ人、同じスローガン…」と、非常に批判的な所に、赤尾敏の演説が入ってきたり。それで私達は「サンレス」の意味を真面目に考えなくてはいけなかったのだけれど、考えられていない、というのが、私の考えですね。

▼Page3 仏教哲学と『レベル5』に続く