【Review】行き交う人を刻みてー映画『書くことの重さ 作家 佐藤泰志』 text 中里勇太

kakukoto_main5度も芥川賞候補にのぼりながら、受賞を果たせず、1990年に自ら死を選んだ作家・佐藤泰志。故郷・函館を舞台とし、未完に終わった小説『海炭市叙景』が、2010年に公開され(加瀬亮主演・熊切和嘉監督)、唯一の長編小説『そこのみにて光輝く』も来春公開を控える(綾野剛主演・呉美保監督)。函館市の有志が企画したこの2本の映画によって、佐藤泰志は死後、再び脚光を浴びることになった。永らく絶版となっていたその著作群も、『海炭市叙景』の公開をきっかけに復刊し、新たな読者を獲得した。かくいう私も、『もうひとつの朝 佐藤泰志初期作品集』(福間健二編、河出書房新社)の刊行を機に、佐藤泰志を読み始めた新たな読者のひとりだった。

2011年4月、5月、6月と、前述の作品集や文庫の刊行が相次ぎ、当時「読書」という行為に対し、ある種の距離と渇きをおぼえていた私は貪るように、佐藤泰志の小説群を読んだ。1冊読み終えるとすぐ新たに購入したおぼえがあるので、すべて刊行されたあとだったのだろう。眩い鮮烈さと、切り立った崖に立つ危うさを孕んだ一文一文を、必死になって追いかけた。おそらく筋は読んでいなかった。断片から断片を、閃光と危うさを貪ることに躍起だった。

だからだろう。このドキュメンタリー映画『書くことの重さ』の冒頭、函館の情景に『海炭市叙景』が重なったあと、佐藤泰志直筆の原稿用紙を目にしたとき、マス目いっぱいあふれんばかりの癖のある文字に、その筆圧を思わざるを得なかった。カリカリと、机を削る音が聞こえ、ペンを握る指先の生みだす筆圧と、マス目いっぱいに書かれた筆跡に、彼のフレーズを想い起こした。

「きみの鳥はうたえる」

 「そこのみにて光輝く」

原稿用紙を削り、そこへ身を刻みつけることで、佐藤泰志はその生を刻印しようとしたのか。それは『書くことの重さ』と題されたこの映画の問うところでもあろうが、映画の半ば過ぎ、「書くことの重さとは?」という取材に応じた作家・堀江敏幸のことばは、そのヒロイックな一面をやわらかく退け、佐藤泰志の小説の通底部を拾いあげる。

kakukoto_sub2造船会社員、木材工場の作業員、高山植物売り、ウェイター、本屋、移動動物園のアルバイト、マンションの管理人、廃品回収業者など、彼の小説に登場する職業は枚挙にいとまがない。自身がアルバイトを転々とした経験にもよるのだろうが、この映画を通じ、夜中に海を渡り、朝早く海を戻る両親からの影響を考えさせられた。彼の両親は、青函連絡船で青森から函館へ闇米を運ぶ「担ぎ屋」として、戦後30年以上生計を立てた。映画に挿入される「担ぎ屋」の記録写真がそのすがたを伝える。食糧管理法による警察の日常的な取り締まりのなか、背中よりも大きな風呂敷をいくつも背負った人の群れ、青函連絡船を埋め尽くすふろしき、その彼(女)らによって毎朝開かれる朝市。佐藤泰志はそのすがたに「生業」を見たのではないか。学生時代、「親の職業は?」と聞かれ、「闇米の担ぎ屋だ」と答えたというエピソードや、函館の朝市で店番をし、笑顔を見せる佐藤泰志本人の映像がそれを示唆する。それはまた、学生時代の佐藤泰志を三里塚闘争の援農へ向かわせたこととも無縁ではないだろう。

毎日海を往復する両親の生業の軌跡には、言わずもがな、青函連絡船の存在が欠かせない。重い面構えの青函連絡船のすがたは映画にも幾度も挟み込まれるのだが、佐藤泰志が5歳のとき、青函連絡船洞爺丸が沈没する惨事が起こった。そのとき彼の両親は、後発の船の出航を港で待っていた。母は、5歳だった泰志に繰り返し事故のことを語ったという。この事故が、彼の記憶のなかで強く生き続けたとすれば、それは生の足跡に孕まれた脆さの象徴だったのではないか。

佐藤泰志の海には、つねに青函連絡船が横たわっている。彼の軌跡もまた函館〜東京の往復だったが、彼にとっての上京とは、幼い頃から眺めていた函館の海へ出ることであり、それは青函連絡船の甲板に立つことでしかあり得なかった。彼もまた、その海を行く連絡船だったのかもしれない。原稿用紙の海を力強く巡航する連絡船の筆致で、人々を描くことを生業とした。その腕で、指先で、幾度も海を往復した。

kakukoto_sun3映画には、『そこのみにて光輝く』をはじめ、読者の想像力を掻きたてる、あの砂山も記録写真であらわれる。昭和30年代まで存在した函館の海岸縁の砂山のうえで、子どもたちが遊んでいる。遊ぶ子どもたちのなかに佐藤泰志もいた。彼は砂山から海を眺めた。彼の幼年時代の足場は、都市開発により一足先に崩された。

 「泰志は休み時間になるとひとりで港を行き交う連絡船をよく眺めていた」

 「眩いばかりの海面と堂々たるすがたを見せて近づく連絡船を僕は呆然と眺めていたかもしれない」

1988年、青函連絡船が廃止された。

死の直前、佐藤泰志が高校の後輩に告げた一言は、ふと漏らした本音だったのだろうか。

映画に挿入される再現ドラマへの違和は最後まで捨てきれなかったが、芥川賞選考会の再現ドラマにおける大仰な芝居がかった演技は、人が人を評価することの生々しさをアイロニカルに描きだしている。そこから稲塚秀孝監督の次のようなメッセージが窺えるのではないか。

作家・佐藤泰志は、芥川賞も三島由紀夫賞も受賞することはなかった。しかしそれが彼に死を選ばせたわけではない。なぜなら、佐藤泰志の小説がもっとも忌むべきものとしたのは、人が人を評することだった。

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写真©:タキオンジャパン

【映画情報】

『書くことの重さ 作家 佐藤泰志』
(2013/日本/カラー/HD/91分)

監督・プロデュース: 稲塚秀孝(『二重被爆』)
撮影: 進藤清史 / 作佐部一哉 音声: 内田丈也 / 斎藤泉 / 武田脩平
照明: 男澤克幸 / 川島孝夫 美術: 庄司薫 / 嶋村崇 音効: 塚田大
EED: 金井猛 / 佐藤幸 ミキサー: 永田恭紀
助監督: 岩田大生 / 池田春花 / 新見圭太 / 中野沙羅
編集: 油谷岩夫
語り: 仲代達矢
キャスト:佐藤泰志 村上新悟 加藤登紀子 ほか

新宿 K’s cinema にて10月5日よりモーニングショー(連日10:00)
函館 シネマアイリス にて先行上映中

公式HP→
http://www.u-picc.com/kaku-omosa/index.html
タキオンジャパン版サイト→http://kakukotonoomosa.com/

【執筆者プロフィール】

中里勇太(なかさと・ゆうた)
1981年宮城県生まれ。編集業・文筆業。現代詩文庫『岸田将幸詩集』(思潮社)、『寺山修司の迷宮世界』(洋泉社)、『KAWADE道の手帖 深沢七郎』、『文藝別冊 太宰治』、『文藝別冊 寺山修司』(以上、河出書房新社)などに寄稿。Zine「砂漠」。昨年は岩淵弘樹監督『サンタクロースをつかまえて』のパンフレット編集(製作:砂場)もつとめた。

連載:記録文学論 (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)

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