【文学と記録⑨】太宰治と「隠沼」〜後編:『春の枯葉』〜 text 中里勇太
おそらく意図したことではないだろうが、「宿命とでもいうべきもの」の一端が、深浦の町で言及されているように思う。次の一文は、深浦の町で太宰がみた光景であり、作中でもっとも詩的な一文であると筆者は考える。 「漁師の家の庭に
【文学と記録⑨】太宰治と「隠沼」〜前編:『津軽』〜 text 中里勇太
戦時中の一九四四年、太宰治は『津軽』(*)という小説を書いている。 津軽半島の中ほどにある金木で生まれた太宰は、上京までのあいだに、叔母の家があった五所川原、中学時代を過ごした青森、高校時代を過ごした弘前といった町に
【文学と記録⑧】ジョン・オカダと物語の不在 text 中里勇太
ジョン・オカダという日系アメリカ人が書いた『ノーノー・ボーイ』(*1)という小説がある。舞台は第二次大戦後すぐのアメリカ・シアトル、主人公はイチロー・ヤマダという日系アメリカ人二世であり、物語の背景には第二次大戦中の日
【文学と記録⑦】 大岡昇平と身体 text 中里勇太
戦争文学の名作として名高い「野火」(一九五二)の著者・大岡昇平。大岡昇平には、自身の太平洋戦争従軍体験に基づく連作小説『俘虜記』(一九五二)がある。その作品群は、一九四五年一月にフィリピンのミンドロ島で米軍の捕虜となる
【文学と記録⑥】 久生十蘭と空襲 text 中里勇太
前回は「吉田健一と瓦礫」と題したが、変幻自在の技巧を駆使した文体と多彩な作風で「小説の魔術師」の異名をもつ作家・久生十蘭の『久生十蘭「従軍日記」』(*1)の中には、瓦礫ということばこそ現れないが、次のような一文がある。
【文学と記録⑤】吉田健一と瓦礫 text 中里勇太
小説の舞台としてかつての町や都市のすがたが描かれているとき、それを知るのもまたおもしろさのひとつである。たとえば吉田健一は、小説「瓦礫の中」や「絵空ごと」、「東京の昔」などにおいて作品ごとに時代を設定して東京を描いて
【文学と記録④】松井太郎とブラジル text 中里勇太
遠く離れた土地を舞台とする小説を読むとき、その土地の生活や文化を知るのもよろこびのひとつである。しかしときには知るというよろこびよりもさきに、その異形の相貌をまえに立ち尽くしてしまう作品がある。そのひとつ
【文学と記録③】有森勇太郎の記録 text 中里勇太
これは作中の登場人物が書いた記録である、と宣言される小説がある。そこでは、かれらの生涯の一時期や、目撃あるいは参加した出来事が語られ、その形式は、渦中で記した日記やノートを基に構成されるか、あるいは後年の記憶を基に語ら
【文学と記録②】古井由吉と赤牛 text 中里勇太
小説において、作者と近しい登場人物が記憶を語るとき、作者自身が辿ってきた道行きを背景にして読めば、語られた記憶は時代証言となる「記録」の側面をもついっぽうで、小説において語られる記憶には、作中人物の記憶ともうひとつ、記
【文学と記録①】後藤明生と土筆 text 中里勇太
文学、殊にフィクションである小説において「記録」とはなにか。小説のなかに描かれる歴史的事件や社会事象、社会風俗に加えて、ときには作者と近しい存在である登場人物の生活なども、そこに含まれるのだろう。いっぽうで、小説がフィ
【記録文学論】第9回 須藤洋平『あなたが最期の最期まで生きようと、むき出しで立ち向かったから』text 中里勇太
500mlのペットボトルの重さくらいの 暴力を内包して みな、何かを伝えたがっている ――「現状」 宮城県南三陸町在住の詩人・須藤洋平。2011年3月11日以降、彼が七
【記録文学論】第8回 井上光晴『地の群れ』 text 中里勇太
曇天の空の下、ひどく短い咆哮が耳をつんざき、獣なのか、地を這い駆けるひび割れなのか、気づいたときにはもう取り囲まれている。 『地の群れ』という表題から、思い浮かべた光景だった。物語は、長崎原爆の被爆者が身を寄せて暮らす「
【News】11/3(日)「neoneo」03刊行記念トークイベント「ゼロ年代(プラスワン)とドキュメンタリー:文学/記録/映画」開催!
ドキュメンタリーカルチャーマガジン「neoneo」03刊行記念トークイベント★neoneo meets! ! 04「ゼロ年代(プラスワン)とドキュメンタリー:文学/記録/映画」 日時 11月3日(日) 19:00-21:
【Review】行き交う人を刻みてー映画『書くことの重さ 作家 佐藤泰志』 text 中里勇太
5度も芥川賞候補にのぼりながら、受賞を果たせず、1990年に自ら死を選んだ作家・佐藤泰志。故郷・函館を舞台とし、未完に終わった小説『海炭市叙景』が、2010年に公開され(加瀬亮主演・熊切和嘉監督)、唯一の長編小説『そこの
【記録文学論】第7回 石原吉郎『海を流れる河』text 中里勇太
「いつの頃からか私には、海を流れる河というイメージが定着し、根をおろしてしまった」(石原吉郎「海を流れる河」) 敗戦後、ハルビンから旧ソ連領へ移送され、その後8年あまりのあいだ収容所での日々を送った、詩人
【記録文学論⑥】姜信子『棄郷ノート』text 中里勇太
「一九九八年八月一〇日。わたしは「故郷」を棄てる旅に出た」。 故郷を棄てる、という衝撃的な宣言からはじまる本書『棄郷ノート』(作品社、2000年)は、作家・姜信子が韓国、上海、満州を巡る旅の記録である。 横浜で生まれ育ち
【記録文学論⑤】 桐山襲『未葬の時』 text 中里勇太
都市は、未だ葬られていない時のただなかにいる。 小説家・桐山襲の遺作『未葬の時』。その表題は、いま、おそらく桐山も意図しなかった意味を重ねて、幾重にも響きわたる。 記憶のない都市そのものを描いた『都市叙景断章』をはじめ、
【記録文学論④】『パウル・ツェラン詩文集』 text 中里勇太
8月、東日本大震災からもうすぐ1年半を迎えようとする南三陸町を訪れた。町内のいくつかのまちが震災時に津波でのみこまれた。仙台で生まれ、大学入学を機に東京へ出た僕にとって「南三陸」という地名にあまり馴染みはなかった。そこは
【記録文学論③】『アメリカの黒人演説集』 text 中里勇太
トニ・モリスン「ノーベル文学賞受賞演説」 (荒このみ編訳『アメリカの黒人演説集』所収) Once apon a time———(むかしむかしのことでした……) 1970年に小説
【記録文学論②】『内部の人間の犯罪』 text 中里勇太
文学において、ことばにおいて、岩盤を蹴る、その瞬間の沈黙へ抵抗することばをわたしたちは持ち得ていないのか。あるいはそれを獲得することは、わたしたちにとってひとつの未来の身体、新たな身振りへとなるのだろうか。昭和33年(1
【記録文学論①】 『ピンチランナー調書』 text 中里勇太
「――ピンチランナーに選ばれるほど恐ろしく、また胸が野望に湧きたつことはなかった! あれは草野球の受難だ。いまあの子供らは、ピンチランナーに呼びかけないが、たとえこのような場合にもおそらく……」。一ページ目に置かれた原