【連載】原一男のCINEMA塾’95 ③ 深作欣二×原一男×小林佐智子×荻野目慶子×金久美子「エロス篇」  

『極私的エロス・恋歌1974』

『極私的エロス・恋歌1974』の現場

    その問題は実は、今日お2人にじっくり聞いてみたかったところなんですよ。っていうのが、この映画の冒頭に女2人が延々とけんかするでしょ。あれは、武田美由紀が沖縄に行きまして、その後僕は撮影の準備をして彼女を追っかけて沖縄に行ったんですよ。僕が行ったために、実はあのけんかは起きたんですが、あのときは、具体的に言いますと、僕1人なんですよ、僕は1人でカメラを持っていって、音のほうもカセットなんですね。彼女たちが一緒に生活してる部屋に泊めてもらった。

あの部屋に泊めてもらって3日目か4日目に、あのけんかになっちゃったんですが。とにかくけんかが始まっちゃったものですから、これはカメラ回さなあかんなと思って回し始めたんですね。音はカセットですから、かなり長く回せますわね。カセットデッキを床に置いて、マイクを天井に這わせてガムテープでバーッと貼りましてね。けんか始まってんですけどね。で、天井からマイクをぶら下げといて、音はこれでいいと。アイランプ一発ポーンとつけまして、僕は本当に手持ちで、ノーファインダーで、2人がけんかしてるさまを、これぐらいの距離ですよ。回り込みながらとか、寄ったり引いたりしながら、撮ってるわけです。しかし、延々と話が、けんかが続いてくわけですよ。それは撮ったときはそんなに意識はしなかったんですが、10年、20年たって、あそこのシーンを自分で見るたんびに、今まさに金久美子さんがおっしゃったとおりで、ちゃんと演じてるンですよねえ。すごいなあ、って思いますもん。

奥崎謙三だって結構役者なんですが、武田美由紀の、あの演じてる、まさに演じてるっていうふうに、すぐそばで撮ってるわけですから、あの演技感覚がいったい何なのかっていうのが、最近妙に気になってるんですよね。それを本当に今日のこの場で、金久美子さんと荻野目さんに、特にそのシーンを、どう見たのかなっていうのを聞いてみたかったんですよね。もちろん演じるプロでしょ、女優という仕事は。彼女はプロじゃありません。しかし、今おっしゃったとおり、武田美由紀が演じてるわけですから。

深作  また、つまんないことを伺いますが、その延々と続くけんかを撮ってますよね。その内フィルム切れることあるわけでしょ?

原    あります。

深作  そしたら、どうするんです? 黙ってけんかやらしといて詰め替えるんですか? それとも「ちょっと待ってくれ」と言って…。

原    いやいや。あれ本当に延々と続いてますからね。夕方始まって、夜12時まで延々と続いて。一旦、相手のほうが飛び出していって。男のとこ行ったんですよ。だけど男がいなくて、また戻ってきたわけ。で、一旦寝たんですよ。それで、起きたらまた始まったわけですよ。フィルムは100フィート巻きなんですが、十分詰め替える暇はあるんです。

深作  暇はね。それじゃあ、状況が同じように、接近というか、つなぎやすいところでつないだということですわね。ところがいつもそういうふうに、出て行ってくれたりというわけにいかん場合もあったでしょう?

原    ありますね。

深作  奥崎さんの場合もそうなんですが、そのときには「ちょっと待ってくれ」と言うわけにはいきませんわね。

原    いきません。

深作  そうすると、ほったらかしといて、あとでつなぎやすいきっかけを探すということですか?

原    それは、編集のときの問題ですよね。

深作  編集の問題ですよね。つまり非常に、ある種の演技性を意識なさってた。お二人とも、奥崎さんも、武田くんも。と言っても、一番面白いのは、例えば、フィルム切れたからというときに、どんな反応をされたのか? もし、そういうことで、つまり意識されたものが中断されたというときに、つまり俳優さんでない、俳優さんとしての訓練を経ていないお二人が、例えばそういう状況が起こったとして、どういう反応、何か起こされたのか、思い出がおありだったら聞かしてください。

原    武田美由紀の場合は具体的に、多分、フィルムが切れれば、すぐそばでフィルムを詰め替えてるわけだから、わかってると思いますね。奥崎謙三のほうは、映画を見てもらえばわかるんですが、フィルムが切れたなっていうのは彼もわかるわけですね。彼のほうが待ってるんですよね。

一同  (笑)

原    チラッチラッと。それでカメラ用意できたな。また「あなたはですね…」って相手を攻めるっていうような、そんな感じでしたね。

一同  (笑)

深作  相手のほうは、つまり攻撃者のほうが待ってるから、これまたしょうがない、待ってる、というようなことに…。

原    何となく、否応なく、白けた雰囲気というか(笑)。持続してましたけどね。

深作  そうすると否応なく、つまり主演者である奥崎さん。あるいは主演者である武田くん。それによって相手の共演者が否応なく、待たされ引きずられるということになるわけ、なったわけですね?

原    なりますね。巻き込まれちゃうんですよね。それは否応なくそうです。

深作  どうもすいませんでした。

原    もちろん撮影をしてる相手が第三者だったら、こうはいきませんわね。相手が私ですからね。それで、沖縄にもちろん行ったり来たりしてたんですよね。3回目か4回目のときに、撮影、僕1人だと、画と音、両方撮るわけにいきませんので、カメラは僕が撮ると、音を取る助手を、若いやつにアルバイトで来てくれっつって、連れて行ったんですよ。そしたらやっぱり無理だったですね。つまりけんかがけんかとして、いつもなら始まるところが、変な雰囲気があって始まらないんですね。やっぱり見せたくないっていうふうに多分思ったんだろうって感じしますね。

それで、やっぱりこれは無理だって思ったんで、1人でやるしかないかって思ったことがありますね。相手が私だから見せたということと、それからこの映画の1番私にとってのピークは、僕は彼女に対して、自分が嫉妬の感情を持つとは夢にも思ってなかったんですよ。つまり、3回目かな、つまり沖縄の男ができたと。で、妊娠した。で、その沖縄の男の子どもを産むっていう手紙が来ました。それで慌てて準備をして沖縄に飛んだんですよ。そしたら、黒人と同棲してたんですね。それはそれで、そういう状況だから、黒人の男と彼女がどういういきさつで知り合って、どういう生活してるかを撮ろうと思って、彼女を訪ねたんですね。

最初のシーンとは別のアパートなんですけども。その時は、割と平気で撮影してたんですよ、その日は。翌日、黒人の男がアメリカの基地の兵隊なんで、働きに出るわけです。昼間は。で、昼間訪ねていって、1対1で話を聞こうと思って、カメラを回しはじめたわけですよ。そしたら、一気に、自分でもびっくりするくらい、嫉妬の感情が昂じてきちゃったんですね。カーッとなってきまして。それで、自分でカメラを回すっていうことが、もうできなくなっちゃったわけですよ。

つまりカメラを回すっていうことは、非常に冷静な操作を要求されますよね。フィルムを詰め換えなきゃいけないとか、ピントは合ってるかとか。片一方で嫉妬の感情で猛烈に自分の気持ちがエキサイトしてきちゃって、コントロールできなくなる。なぜか、たまたまあのときだけ、友だちがあの場にいたんですよ。見学に来てたんですね。そいつに「おまえ悪いけど回してくんないか」っつって、渡したわけです、カメラ。で、彼が客観的なポジションから2人の関係を撮ったっていう、唯一、私が登場するシーンなんですね。そのシーンで、自分がけんかをしながらもう一方の当事者という立場でありながらカメラを回すっていうのが、実は、この映画の自分がやりたかったテーマだったんですよ。それはもう破産したっていうふうに思ったんですね。

それで、これは誰か第三者を連れて来なきゃ、これは、撮影が続けられないって思ったんです。しかし他人じゃだめだと思ったし、もう一つ思ったのは、俺が嫉妬の感情に駆られた。しかし彼女はじゃあどうなんだろう?っと思ったこともあるんですね。一つの理由だけじゃないんですが、今言った、彼女の場合はどうなのかっていうことと、それから誰かを入れないと、これは2人の関係が、映画のストーリー進んでいかないって言いますか、方法論的に。そんな思いがいろいろ重なって、この人(小林佐智子)に、一緒に沖縄に行ってくれと。マイクを持ってくれっつって、強引に口説いたんですね。で、参加してもらった。今度は見事に向こうが嫉妬の感情をあらわにしてきました。というようなことが、途中であったという話ですが。この人はこの人で今僕が言ったことに対して、違う意見を持ってると思うんですが…。

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