【リレー連載】列島通信★大阪発/「山形国際ドキュメンタリー映画祭2013」私的リポート text 江利川 憲

Unknownクリス・マルケル特集の会場で。プログラム・コーディネーターの小野聖子さん(左)と、『A.K. ドキュメント黒澤明』の成立に尽力した、カトリーヌ・カドゥさん。

大阪から山形へ

天安門事件があり、ベルリンの壁が崩れた1989年が、「山形国際ドキュメンタリー映画祭」(以下、YIDFFと表記)最初の開催年だった。あれから24年。YIDFFも今年で13回目となった。初期のころ(第1回〜第3回)、「デイリー・ニュース」の編集をお手伝いした大阪在住の私にも、感慨深いものがある。

そのYIDFFに、今年は10月12日から15日まで参加することができたので、感想を簡単に記しておきたい。

今年のポスターは黒が基調で目立たない、ということもあったかもしれないが、山形の街頭ではポスターや旗・のぼりなどはほとんど見かけず、寂しい感じがした。しかし、会場には若い観客が多く、作品によっては立ち見が出るなど、盛況という印象を受けた。

多彩なプログラム

よく指摘されることだが、YIDFFのプログラムは毎回多彩・豊富で、何を見るべきか迷いに迷う。知り合いに出会えば、「どれがオススメですか」と挨拶代わりに訊くことになる。それはそれで楽しいのだが、どう頑張っても、見られない作品は出てくるし、映画祭の全貌を知ることは至難となる。このあたり、調整が難しいことは重々承知だが、今後の課題として検討してほしい。

さて、私自身は、上映スケジュールとにらめっこし、「未来の記憶のために――クリス・マルケルの旅と闘い」「ともにある Cinema with Us 2013」を中心に見ることにした。前者は、空前絶後と言っていい貴重なクリス・マルケルの特集、後者は3.11東日本大震災をテーマとした作品群である。

その結果、やや愚痴めくが、「インターナショナル・コンペティション」は1本も見られず、「アジア千波万波」は『エクス・プレス』の1本のみの観賞となった。

私が見た作品

なんのかのと言っても、結局のところ、映画祭では、何を見たか、どういう作品に出会えたかに尽きる。短編も含め、私は4日間で24作品を見た。そのすべてについて触れることはできないが、印象に残ったものについて書いておきたい。

まず、クリス・マルケル特集からは『A.K. ドキュメント黒澤明』。黒澤作品『乱』のメイキングドキュメンタリー。「霧」「馬」「蒔絵」など、作品を構成する要素に分けて描いた構成の妙。蓮實重彦のナレーションも見事。スタッフからそう呼ばれているからと、黒澤明を「先生」と表現するところなど、ちょっと皮肉も利いている。これだけで独立した一作品になっているのが凄い。

AK           『A.K. ドキュメント黒澤明』提供:山形国際ドキュメンタリー映画祭       

東日本大震災関連では、「ともにある Cinema with Us 2013」のくくりではなかったが、酒井耕・濱口竜介監督の『うたうひと』の尋常ではない落ち着きぶりに驚いた。『なみのおと』『なみのこえ』に続く東北記録映画3部作を締めくくる本作は、震災の経験談を記録する前2作とは趣を異にし、かの地の民話を語り継ぐお年寄りたちの「語り」が中心になっている。いわば東北地方の根に向かおうとするかのような姿勢は、私に、山形に移り住んだ小川プロダクションを連想させた。また、小津作品を見ているような気分にさせる、対象者の正面に据えられたキャメラは、しかしこちら側に聞き手がいることを意識させ(つまり、キャメラのすぐ横に聞き手がいて、対象者に相槌を打ったりする)、そこに小津作品とは異なる工夫があるのだった。

YIDFF2013日本うたうひと              『うたうひと』提供:山形国際ドキュメンタリー映画祭

ライブ企画として、フォト・スラム『ブカレスト〜プノンペン〜チェルノブイリ〜フクシマ』という催し(10月13日、21時30分〜、フォーラム4)もあった。詩人のドリアン助川とイタリア人写真家のピエルパオロ・ミッティカが撮った写真をスクリーンに投影しつつ、ドリアン助川の語りとピクルス田村のギターで構成された、激動する現代を映し出す試みだったが、「フクシマ」のくだりでは同地の放射線量の異常な高さが実測によって示され、やはり!という思いとともに、隠されていることがまだまだあることに戦慄した。

その他では、2011年のYIDFFで小川紳介賞を受賞した顧桃(グー・タオ)監督の『雨果(ユィグォ)の休暇』とその前作『オルグヤ、オルグヤ…』。内モンゴルの深い森の中に住む人々を描いた2作。私には、『オルグヤ、オルグヤ…』のほうが、登場人物の多彩さと人生の幅広さを見せてくれた点で、興味深かった。

久保田智咲(ちさき)監督の『屠場を巡る恋文』と纐纈(はなぶさ)あや監督の『ある精肉店のはなし』は、ともに屠殺・精肉という難しい問題を扱っている。難しいというのは、そこに差別の問題が絡んでくるからだが、そのチャレンジ精神を買いたい。作品の完成度、テーマへの肉迫という点では、後者に軍配が上がろう。

さて、今年のYIDFFで私が最も感銘を受けたのは、趙亮(チャオ・リャン)監督の『北京陳情村の人々(ディレクターズ・カット)』だった。第1部・衆生、第2部・母女、第3部・北京南駅で構成された、全5時間15分の大作である。地方から北京へ、陳情・嘆願に来る人々を10年近くにわたって記録している。ある人は、強制立ち退きで家を奪われ、補償も満足にされない。またある人は、明らかな医療過誤で夫を亡くしたのに、うやむやに処理されてしまう。そんな人々が、北京の街でホームレスのような生活を続けながら、何年も何十年も陳情・嘆願を繰り返しているのだ。

YIDFF2013倫理B        『北京陳情村の人々(ディレクターズ・カット)』提供:山形国際ドキュメンタリー映画祭

陳情書類は受け付けられても、回答はなかなか得られない。陳情が却下されてしまったら、新しい陳情書類さえ貰えない。地元では、陳情の多さがその地域のマイナス評価につながるので、歓迎されない。それゆえ地元には帰れない。さらに、地元から役人が来て、暴力的に陳情を阻止しようとする……。なんともやりきれない構図だ。苦渋の日々の中で、当然ながらトラブルや人間関係の軋轢(あつれき)も生まれてくる。しかし、唯一の希望は、「正義は我にあり」と、くじけずに陳情を繰り返す人々の強烈な意志と根性だ。それを記録しようとした趙亮監督の姿勢に、ドキュメンタリーの王道を見る思いがした。

おりしも、この原稿を書いていた10月28日、1台の四輪駆動車が天安門前に突入・炎上した。1989年の天安門事件から、何が変わり、何が変わっていないのか。

Unknown3『北京陳情村の人々』上映後のトーク。左から、司会の阿部マーク・ノーネスさん、趙亮(チャオ・リャン)監督、通訳の秋山珠子さん

そのほか

10月14日の13時30分から、山形まなび館で「今こそ無音の叫び声だ」というシンポジウムが開かれた。YIDFF立ち上げの立役者・仕掛人と言ってもいい故・小川紳介監督および小川プロダクションを山形に呼んだのは、山形県上山市牧野在住の詩人・木村迪夫(みちお)さんだが、その木村さんの詩と人生を描くドキュメンタリー『無音の叫び声』が製作中なのだという。監督は原村政樹さん。そのお二人に農民の菅野芳秀さんを交え、決起集会と呼びたくなるような熱いトークが繰り広げられた。1935年生まれの木村さんはちょっと涙もろくなられたが、まだまだお元気なようだ。映画の完成を楽しみに待ちたい。

Unknown2    シンポジウム「今こそ無音の叫び声だ」会場で。左から、原村政樹監督、木村迪夫さん、菅野芳秀さん。

食事をとる時間もままならないような過密スケジュールで映画を見まくった4日間だったが、当初かかわった「デイリー・ニュース」の存在はやはり気になり、会場で見かければ手に取っていた。まず、13回に及ぶYIDFFで、1回も欠かさずに発行され続けているのは立派なことだ。誤植もほとんどないし、紙面レイアウトなども、きれいにまとまっている。ただ、私にはどうも面白みが感じられない。それが今後の課題だと思うが、いかがでしょうか。

いっぽう、今年は映画祭公式ガイドブックとして「SPUTNIK(スプートニク)」という冊子が会場で無料配布されていた。これが、ガイドとして役に立つばかりか、批評誌にもなっていて、内容も充実している。次回以降も継続してほしく、今後に注目したい。

【関連記事】

山形国際ドキュメンタリー映画祭2013 
2013年10月10日-17日開催

■映画祭概要 
東京事務局コーディネーター 藤岡朝子さん インタビュー
「生きる意欲をくれた映画祭」

■各プログラム コーディネーターインタビュー 
「アジア千波万波」若井真木子さん
「未来の記憶のために––クリス・マルケルの旅と闘い」小野聖子さん
「それぞれの「アラブの春」」加藤初代さん
「ともにある Cinema with Us 2013」小川直人さん
「ヤマガタ・ラフカット」橋浦太一さん
「6つの眼差しと<倫理マシーン>」阿部・マーク・ノーネスさん

■「ヤマガタもぎたてレポート」(期間中レポート)
1日目(10/10)2日目(10/11)3日目(10/12)4日目(10/13)
5日目(10/14)6日目(10/15)7日目(10/16)

■関連作品レビュー
【Review】「東北」を移動する記録映画〈ロードムーヴィー〉濱口竜介&酒井耕『なみのおと』『なみのこえ』(新地町、気仙沼)『うたうひと』三部作 text 岩崎孝正

【執筆者情報】 

江利川 憲(えりかわ・けん)
大阪在住のフリー編集者。ミニシアター「シネ・ヌーヴォ」代表取締役。NPO法人「コミュニティシネマ大阪」理事。YIDFF1989・1991では「デイリー・ニュース」編集デスク、1993年は同校閲責任者を務めた。今年手がけた出版物は、第8回大阪アジアン映画祭・公式カタログ、『幻の創作ノート「太陽はのぼるか」――新藤兼人、未完映画の精神』『病院で殺される』『医者とおかんの「社会毒」研究』(いずれも三五館)など。